おまえ/きみ が いないと



   ***


「スターダンス……俺はおまえがいないと生きていけない」
 散々喧嘩した末にロマンシアがこんなことを言い出すから、スターダンスは現実に戻ってくるのに大層な時間を要した。
「……えっ?」
 疲れた末の聞き間違いかと間抜け声で応答する羽目になる。

 だってロマンシアがこんなことを言う訳がないのだ。いつも喧嘩をして、時に刃物まで持ち出すスターダンスに律儀に付き合ってくれる彼が、スターダンスと同じように相手に依存しているなど、そんなことありえないのだ。
 ついさっきだって、苛々のぶつけ場所の分からなくなったスターダンスが持ち出した刃物で、とうとうロマンシアの頬をざっくり切ってしまったというのに。「おまえがいると生きていけない」ならまだ分かる、とスターダンスは考える。
「……スターダンス、」
 血の止まらない頬を押さえてロマンシアはスターダンスの名を呼んだ。その声色に若干の変化を感じ取って、まさか、とスターダンスの胸が高鳴る。冗談のように好きだよ大好きだよと擦り寄っては、同じ日に刃物を持ち出したりする、そんなスターダンスに彼が心を開いてくれたとでもいうのか。
「ロマンシア……ロマンシア、僕は嬉しい!」

 次の瞬間にはスターダンスはそのかんばせに笑みを浮かべ、彼にできうる限りの表現でいかに嬉しいのかということを並べ立て始めた。
 ずっとこの時を待っていたんだと、ずっとそう言って欲しかったんだと、こんな僕を受け入れてくれて嬉しいと。
 声にならない救援を求める声が、ちゃんとロマンシアには届いていたんだね、と。

 そんなスターダンスの言葉を聞いているのかいないのか、ロマンシアは表情も変えずに嬉々としたスターダンスを眺めている。ようやくスターダンスが一呼吸しようと言葉を切ったところで、彼はタイミング良く口を挟んだ。
「だがスターダンス」
「んっ、何?」
「俺はおまえに生かされるくらいなら、死んだ方がマシだ」

 え、と掠れた声が出る。目の前のロマンシアは……少しだけ笑っている。
 ロマンシアはその傷だらけの顔に、それはそれは綺麗な笑顔を作った。見ているこっちの胸が痛くなるくらいの、見ているこっちの胸がざわめくくらいの。
 ロマンシアの笑顔が痛い。その言葉が、笑顔が、スターダンスの胸を幾重にも引き裂いて、目の前を暗くさせる。家族との不和から来る心の痛みなんて比ではなかった。死ぬかも知れないと錯覚させる程の、鈍い痛みがスターダンスの足を止める。

 剣士の行動は早く、スターダンスが躊躇したその一瞬のうちに自分の喉を切り裂いた。吹き出る血と、倒れる力を失った体と、瞬時に立ちこめる血の香り……
 弾けたようにスターダンスは駆け寄った。ロマンシアを抱きかかえて何度も何度も名を呼んだ。喉から止めどなく溢れる血はロマンシアの髪色と実に似合って、現実を容認できないスターダンスに現実逃避の道を与えた。
「なんで、なんで、ロマンシア、どうして」
 ロマンシアの微かに開かれる口は果たして言葉を持ったのか、それとも苦し紛れの最後の吐息だったのか。

 確かめる術はなかった。現実に泣き叫ぶスターダンスなど素知らぬ様子で、彼は二度とその目を開かなかった。


***


「……夢。……夢……」
 スターダンスは震えていた。背中は汗でびっしょりで、未だに自分の絶叫が耳に残っていた。毛布を握り締める手には白くなるほど力が込められていて、体同様ぶるぶると震えていた。自分でもはっきりと自覚できるほど動悸がしていて、あまりに苦しくて吐き気すらした。眩暈もする、循環が滞っているのか手足が冷たい。
「……くそっ……」

 どうしてこんな夢を見ただなんて、一体何回言ったことだろうか。
 自分は一体何度ロマンシアを自殺させれば気が済むのだろう。自分は何度、ロマンシアを掴み損なった苦しみを味わわねばならないのだろう。

 そもそも、とスターダンスは息を吸い込んだ。気を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
 ロマンシアが悪いのだ。スターダンスの好意を一向に受け入れてくれないロマンシアが悪い。どんなに追いかけてもロマンシアはすんでの所で逃げていく。手に入った、という実感を掴みそうになったその次の瞬間には颯爽と逃げている。最終的には逃げるくせに、ぎりぎりまではスターダンスに付き合うのだ。あとちょっと、あと少し、というところで彼は逃げ出す。人を散々期待させて、その挙げ句全てを踏みにじって逃げるのだ。
 人が毎晩のようにこんな悪夢を見ているともつゆ知らず。ロマンシアが悪い、そうだロマンシアが悪い!

 スターダンスは毛布を握り締めていた手を緩めた。途端に流れ込んでくる血液とそれに付随した熱が、すうっと冷たい手を温めていく。
「……いたちごっこでも……する? ロマンシア」
 逃げるならどこへでも追いかけよう。逃げないように、彼に思い知らせるために、虐げたって構わない。それでまた逃げるなら、どこまでだって追いかけよう。
 そして追いついて、捕まえて、しがみついて、縋り付いて、懇願して。どうか僕を頼ってと、どうかこっちを向いて、と……

「……はは、馬鹿馬鹿……しい……」
 笑い飛ばすはずが、力のない笑いにしかならなかった。
 恋愛を超えて執着になってしまったそれは、最早駆け引きなんて生易しいものでは収まらない。本当はそんなことしたくなんか、と思いながらも気がつけば彼を物理的に傷つけている。
 どうしたら、とスターダンスは一人項垂れる。そう簡単に答えが出るはずもなく、また今日も彼はいつもと同じ鬱々とした朝を迎えたのだった。


***END



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