舞台ウトナ



***「おろかもの」


 久しぶりに地の感触を味わったスターダンスは、自分の取り巻きにロマンシアが加わっていることを確認して密かにほくそ笑んだ。やはり、やはりだ。ロマンシアはスターダンスから離れないで居てくれた。幾星霜という彼の時間を、スターダンスのために費やしてくれた。

 長い時間と真の闇の中で煮詰められたスターダンスの望みは一つ、ロマンシアを今度こそ自分のものにすることだった。遙か昔の「好きだ」とか「俺/僕はおまえ/君だけのもの」なんて口約束は最早お互いにとって何の意味も持たないだろう。その当時を思い出すには遠すぎる未来に来てしまった。お互い、「人」というカテゴリーからも外れてしまった。
 はじめは綺麗で純粋だった想いも、時と精神の成熟に伴いどろどろとした醜いものに変わった。でもそれは普通のことだ。お互い大人になって、あの村という小さく幸せな世界を飛び出して、生死を繰り返し、世の中綺麗事だけじゃないことを知ってしまったのだから。
 そんな気の遠くなるような時間が経っても、スターダンスはロマンシアを、そして多分ロマンシアもスターダンスを好きなままなのだ。これは奇跡だ、奇跡に違いない。
 ただ、スターダンスはそういった奇跡が脆いものだと知っている。針の上にたまたま乗れた程度の物事で、少しでも要素が移動すれば吹き飛ぶ幸福だと知っている。だからこそスターダンスは、その不確定要素を消し去る方法をずっと考えてきたのだ。気まぐれなロマンシアがこれから先もスターダンスを好きでいてくれる方法を、もう彼が気持ちを揺らすことの無いようにする方法を。

 スターダンスの出した答えは単純明快、ロマンシアから大切なものを奪うこと。そして、彼から逃げる気力すら奪ってしまうこと。



 だからこれで手に入れた、とそう思った。
 好きだとそのたった一言を言うときも、何てこと無い雑談に興じたときも、外をそぞろ歩くときだって、決してスターダンスに対し劣位に立とうとしなかったロマンシアのこと、こんな状況を作れば必ずスターダンスを敵視し、「死んでくれる」と知っていた。
 確かにそう思った。スターダンスの勝ちだ。ロマンシアは諦めるだろう。スターダンスの執着の深さを思い知ってくれるだろう、失ったものの大きさに、これ以上の揺らぎを得るエネルギーすら失うだろう。
 そう思ったのに、スターダンスは崩れる彼の表情に愕然とした。

 口の端をつり上げて、嗤っていたのだ、ロマンシアは。

 それは悔しさから来る自嘲などでは絶対になかった。スターダンスが視界に捉えたその一瞬だけで分かる、あからさまな嘲笑だった。スターダンスは混乱する。なぜ自分を嗤うのか。なぜロマンシアにそんな余裕があるのか。命こそ全てに勝るものではないのか? ロマンシアはその「一番」を奪われて、なぜ無気力にならないのか?
 そしてスターダンスは知る。ロマンシアの一番が命などではないことを。そうだ、昔からそうだった……ロマンシアは昔から命を大切にしたことなど無かった。スターダンスが振り上げる刃を交わしもせず頬に傷を負い、スターダンスの仇を討てない屈辱に耐えかねて自害した。スターダンスは昔から知っていたはずだ。ロマンシアが命なんてものに拘ってはいないことを。そんなものを奪ったところで、彼の「一番」が守られている限りロマンシアはスターダンスに対して屈服したりしないのだ。
 ロマンシアの崇高で高尚な矜恃が保たれている限り、スターダンスがロマンシアに対し優位に立つことはない。スターダンスの無理なお願いが通ることは、ない。

 ロマンシアはそんなのお見通しだったのだろう。そして「可哀相に」と嗤ったのだろう。ロマンシアがスターダンスに対し何の罵倒も残してくれなかったこと、それすらスターダンスの敗北感を助長した。
 今度も彼はスターダンスを許してくれるのだろうか。頬に傷を付けたときのように、また広い心で許してくれるのだろうか? 傷を手で隠して、「痛くない、平気だ」と言った時のあの笑顔を、また見せてくれるのだろうか? 涙と胸を引き裂くような後悔を呼ぶ、あの笑顔をまた見せてくれるのだろうか?
 今のスターダンスには分からないし、そう願えるほど彼は愚かでなかった。許してくれと言うことすら烏滸がましいだろう。言ったところで、ロマンシアはもうここには居ないのだから。たとえロマンシアの魂がスターダンスを見限っても、スターダンスを忘れるという選択をしたとしても、与り知らぬ場所にいるスターダンスはただそれを受け入れることしかできないのだ。受け入れ、子供のように厭だと泣き叫ぶことしか許されないのだ……

 取り返しの付かないことをした。スターダンスは、今までで一番の過ちを犯した。
「……っ……くそっ……」
 自身への怒りのあまり視界が染まる。握り締める手は震え、血の流れが悪くなり白く変色していた。
 スターダンス最大の過ち、それは今更気付いたところで遅い、ということだ。ロマンシアを自身の手の届かない所へ追い遣ったのは他ならぬスターダンス。ごめんなさいと謝ることすらできなくしたのは他ならぬスターダンスだ。
 何より許せないのは、全てを支配した気でいた自分だった。聖天使として存在していたロマンシアを、完全に支配下に置いていると思っていた。この世界を、そしてこの鬱屈した想いを、全てを支配できている、制御できていると思っていたのだ。幼い考えだった。幾星霜の時を越え、人を超えた力を持っても、未だ根底の考えが幼かった。
 好きだと言ってくれたロマンシアを信用しなかったスターダンスが悪い。現状の崩壊に怯えて手を打とうとした結果、自身でその不安定な幸福を崩してしまった。こんなにも長い間自分のために生きてくれたロマンシアを信用しなかった、スターダンスが悪いのだ。

 おろかもの、というロマンシアの笑い声が聞こえる。
 スターダンスはその声の主を捜し周囲を見回したが、微かに漂う血の香りの他にロマンシアの痕跡など何もなかった。


***END



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