しあわせな ねむり



***


 かちんこちんに固まったロマンシアを前にして、唐突にスターダンスは「いい?」と首を傾げた。普段の何%も感覚器官を動かせていないロマンシアが即座に反応できるわけもなく、しばらくして「は?」という間抜けな返答をすることになる。
「一応、許可は取っておこうと思って。泣かれるのは嫌だし」
「……偉そう、に……」
 この状況下でそれを言うかとロマンシアは小さく毒づく。大体泣いたことなど一度もない、少なくともロマンシアが正常な思考を保っていられた間は。

 毎度毎度そうなのだ。スターダンスはここぞという場面でロマンシアの了解を取りに来る。ロマンシアがそれなりに「流される」気になっているというのに、水を差す行為もいいところだ。おかげでロマンシアはその度正気に戻って、果たしてこんなことをして良いのやらという根本的な、かつ答えのでない問いについて悶々と考える羽目になる。
 しかし一番悲しい現実は、こうやって現実に戻されても「じゃあ止めよう」という気は起きず、代わりに何度も何度でも、自分がいかに彼を恋しいと、愛しいと思っているのか気付かされてしまうことだ。離れるということを考えたくない。こんな実入りのない関係にはいずれ終わりが来ることを頭では分かっているつもりでも、同時にどうやったらいずれ来るその「時」を少しでも遅くできるかと考えている。
 その顔面を凹むほど殴りたいという衝動を抱えることは多々あるけれど、それは憎しみとは少し違う感情だ。かといって慕情でもない。ロマンシアの中で何年もどろどろと煮詰められた、でも確かに純粋な恋情なのだ。

 ロマンシアは腹立たしそうに息を吐いて、無邪気な顔をして自分を覗き込むスターダンスをはね除ける。



 嫌がる素振りをまた見せた。スターダンスははね除けられた自分に視線をやって、それからもう一度ロマンシアを見た。
 彼はえらく不機嫌そうな顔をしている。
 やっぱり嫌なのかな、という思いを胸に閉じ込める。

 陳腐な言い方をすれば、彼の全てが欲しい。いくつかは手に入れたけれど、まだスターダンスの手に入らないものがある。例えば……ロマンシアの気持ちとか。
 ロマンシアは昔から優しかった。そして今も、スターダンスの劣情を受け止めてくれている。スターダンスの行き場のない気持ちを、いつも受け取ってくれる。受け止めて、怒りもしないでスターダンスを見てくれる。
 けれど、その行為の応酬はスターダンスには帰ってこない。

 兄であり、友であり、スターダンスの想い人でもあるロマンシアの重荷にはなりたくない。これ以上は重くて支えきれないよと言われる日が怖い。こんな重たい思いは要らないよと言われないように、スターダンスは身を割く思いで至って現状で満足しているかのような素振りを見せる。
 もっと甘えてもいいのと、もっと寄り掛かってもいいのと、毎度の如く了解を取る。一歩でも踏み込む深さを間違えないように。ロマンシアの拒絶のサインを見逃さないように。

 気取る無関心の裏には、誰もが目を見張るような深い深い欲がある。常に冷静でこれ以上関係を深くすることに興味が無いよう装っているが、実際は更なる深みを熱望している。
 好きで好きでたまらなくて、失うことが怖いから、これ以上踏み込む勇気が見いだせない。


***


「ロマンシアさ、昔僕のこと『恐れを知らない無鉄砲な奴』とか言ったね」
 スターダンスはロマンシアから少しだけ身を離した。ロマンシアはまた不機嫌そうな顔でスターダンスを睨んだ後、よいしょと起き上がった。壁にもたれ掛かってスターダンスを眺めている。
「ああ、言った。おまえは前線に出すぎだからだ」
 そうだね、それは当たってる、とスターダンスが頷いた。二人の間に沈黙が訪れる。

 怪我をする、危ないの一言が随分と巡り巡ってこんな言葉になってしまった。気を付けてくれ、おまえが怪我をしたら悲しいんだと言えたらどれだけ気が楽になるものか。
 しかし、そこまでストレートに言ってしまったらいつか彼が自分に飽きるのではないかと恐怖を感じるロマンシアがいる。

 恐れを知らないだなんてそんな馬鹿な、とスターダンスは苦く笑った。
 今こうして二人でいることすら恐ろしい。常に最善の選択なんてできるわけがないのに、それでも少しでも間違いを減らさなくてはと、少しでもロマンシアがスターダンスから離れる理由を作らないようにと、神経を常に尖らせている。



 この深い深い情欲を思い知るといい。
 ロマンシアはスターダンスの髪を引っ張って、彼が体勢を崩したのを良いことにそのまま腕の中に顔を埋めた。スターダンスは若干慌てたが、ロマンシアが珍しく甘えてくれたと思ってそっとロマンシアの背に腕を回した。

 それぞれの思惑を抱えて、二人は静かに息をする。


***END



Top Pre Nxt