クラ→ホルバレンタイン



***


「ねっ、ねークラーリィ」
「なんだよきもちわるい」
「ねーいくつ貰ったの、チョコ、チョコ!」
 サックスが顔をつきだしてくるのでクラーリィはくるっと回って背を向けた。見れば分かるだろう、今のクラーリィの姿を見れば。
「いーくーつー」
「知ってどうするんだよ」
「羨ましがる。さっすが俺の親友! と栄光浴に浸る。おこぼれを貰う」
「メインは一番最後だよな。好きなだけ持ってってくれ。いまから部屋に帰るから」
 人に見られると申し訳ないから、廊下ではやらないよ、とクラーリィは言う。両手一杯のチョコを抱え、クラーリィはとことこと自室に向かう。それでもって、片手で足りる量のチョコを持っているサックスがその後を追う。

「半分くらいコルちゃんにあげたら?」
 友達と分ければいいんじゃないかな、とサックスが提案する。女の子同士でお菓子の山を囲んで秘密のお話会とか、夢に溢れている。実際そんなものが存在するかどうか知らないけれど。
「そういえば、コルちゃんからは貰ったの?」
 サックスがチョコの品定めをしている。対するクラーリィは、ソファにどっかり座り込んでオレンジ色の袋を眺めている。
「これ。コルから」
「わあやったじゃん。良かったね」
 俺も毒入りチョコ貰ったよ、とは心の中の言葉。相変わらずジョークのきつい女の子だ。
 チョコに混じって駄菓子やらクッキーやらが散見される。こりゃあ1,2ヶ月はおやつどきの空腹に困らなくていいかも知れない。
「いいねえ、おまえ毎年少しずつ貰える量増えてるねえ」
「羨ましいだろ? 俺は大神官だからな」
 クラーリィはコルからのプレゼントの中身を確認すると、自分の机まで持って行って大事そうに置いた。
「俺ちょっと執務室に行くから」
「ん? あ、ああ、…俺は?」
「どうせ俺一人じゃ裁ききれないんだ、夜にでもみんなに均等分配したいから適当に品定めしといてくれ。つまみ食いしてもいいから」
 そう、と呟くとサックスはチョコの山と向かい直した。欲望に忠実で結構。クラーリィはサックスを置いて部屋を出る。
 その歩調は心なし早い。



「おやクラーリィ、今日は非番では」
「ま、まあパーカス、気にするな」
 執務室ではパーカスが書類の整理をしていた。大神官が勤勉だと下の者にもいい影響がとか何とか言い訳をして席に着く。その様子をじっと見つめていたパーカスが少し笑ったのには気づけなかった。
「な、なあパーカス」
「何でしょう」
 相変わらずこの青年は分かり易い。
「ホ、ホルン様来…い、いやなんでもない」
「まだお見えになっていませんよ。たしか、午後お回りになると仰っていましたね。あなたも聞いていたでしょうに」
 クラーリィは「そうだったよな」とか無難な返事をしたが、その手元ではとんとんとんとんと何度も書類が整えられている。完全に無駄な行為。落ち着きがない、と言った方がいいだろうか。
 クラーリィがこういう動作をするときというのは限られている。何年も面倒を見てきたパーカスが言うのだから間違いない。

「大神官殿」
「な、何だ!?」
 そして返事をする声が上擦る始末。
「…折角なので、こちらの処理をお願いします」
 パーカスは何も見なかった・聞かなかった振りをすることに決め、そっとクラーリィに書類の束を手渡した。クラーリィはしばらく黙ってから素直にそれを受け取った。
 ホルン様に真面目に仕事をしている姿を見ていただければ心証も上がりますよ、と言わないパーカスの優しさにクラーリィはきっと気付かないだろう。
 時計は午後一時を指している。そろそろホルン様がお目見えになるかも知れない。パーカスは随分迷いのあるペン裁きをしているクラーリィを眺めてから己の仕事に戻った。

 一時間ほどしただろうか、黙々と書類を裁いていたクラーリィははっと顔を上げる。遠くから、それはもう遠くからこつこつと足音が聞こえる。手元は完全に止まっている。
 黙々と裁いていたといっても、何度も時計を見上げるし、ドアの方を眺めたりしていたので、はっきりいって効率は普段の2分の1以下だ。もっとも今日は非番なので、パーカスは効率の悪さに文句を言ったりしない。
 やれやれ、と思っているうちに足音は更に近づいてきた。クラーリィは慌てて視線を下に落とす。ペンを握り直し、必死に書類に目を通す。しかしちっとも頭に入ってこないのだろう、ペンを握る手の方は止まったままだった。
 やがて、ドアがノックされる。
 びくっとクラーリィが背筋を伸ばした。パーカスは吹き出したいのを懸命に堪え、「おりますよ」と返事をする。
 ガチャリと控えめにドアが開けられ、眩しい笑顔の女王陛下が顔を出した。

「まあクラーリィ、今日は非番じゃなかったの?」
「い、いえ、ち、ちょっと気になることが…あって」
 偉いわねえ、とホルン様のお言葉。クラーリィは恐縮している。
「そ、それが私の、仕事ですから」
「まあ」
 ホルンは嬉しそうに手を合わせた。勤勉なのね、と微笑んでいる。クラーリィが照れる。それはもう嬉しそうに、肩を竦める。
「クラーリィ」
「は、はい」
 ホルンの満面の笑み。クラーリィの背筋が伸びる。ついでに立ち上がる。
「いつもありがとうね。 あなたのような部下をもてて私は幸せ者の女王よ」
「は、はい!」
 ぱああっとクラーリィの顔に喜色がさす。その光景を眺めていたパーカスは「花が咲いたようだった」と語る。多分、今の喜びのエネルギーで花の一つや二つ咲かすことができる。
 ホルンは手持ち袋から小さな包みを取り出すと、クラーリィに手渡した。大事そうに、それはそれは大事そうに両手で受け取るクラーリィ。
 ありがとうございます、と彼は頭を下げる。
 いいのよ、とホルンは微笑んだ。彼女は踵を返しパーカスの方へと向き直る。
「はい、パーカスにも」
「ありがたき幸せに存じます」
 パーカスは丁寧に頭を下げてホルンのプレゼントを受け取った。ホルンはこちらにも同様に「ご苦労様」と労いの言葉を掛け、「ありがとう」と伝える。パーカスが恐縮して、また頭を下げる。
「じゃあ二人とも、頑張ってくださいね。それはおやつにでもしてあげて」
 にっこり笑うホルンに、クラーリィは小さく「おやつになんて…」と呟いた。ホルンの耳には届かなかったようだがパーカスの耳には届いた。
 二人に渡し終わったホルン女王は、来たとき同様にこやかに部屋を去っていった。

 ホルンの足音が完全に聞こえなくなったことを確認し、クラーリィが立ち上がる。そしておもむろにガッツポーズ。
 とうとうパーカスは吹き出してしまった。
「なんだよ」
「い、いえ、すみません」
「いいんだぞ笑って。大いに笑うがいい、俺はちーっとも怒らない」
 俺のご機嫌は今最高にいいからだ! とクラーリィが力説する。そうですか、とパーカスは呟いた。分かり易い彼も彼だが、こんなに分かり易いのに微塵にも気付いていないホルン様もホルン様だ。
 クラーリィは席に着き直すとぱらぱら残りの書類を眺め、とっとと片付けてしまおうと決意した。
 先程とは段違いのスピードで書類が消化される。あっという間に、未解決から解決へと山が動かされていく。



 スキップしたくなるのを懸命に抑えながらクラーリィは廊下を歩いている。ついつい顔がにやけてしまうので必死で力を入れている、ので多分すれ違った者が見たら十中八九怒っているように見えると思う。
 仕事? もう休日出勤をしなきゃいけない理由はなくなったよ。
 歩く度、大事に両手で持っている小さな包みが手の上でころころ転がっている。

 途中、廊下でサックスと鉢合わせた。品定めを一通り終えたので、他の幼馴染みの戦果を偵察に行っていたらしい。
「おうクラーリィ! やっぱおまえがダントツだな〜俺もみんなと比べてみたら結構多めだったぜ! 俺のモテ期がとうとう来たかも知れねえな!」
「そうか、そりゃ良かった」
 サックスは嬉しそうなので、あえて水を差すのはやめておく。今年少し量が増えたのは友達づきあいしている女官からの義理チョコが増えたからだろうと思われるが、そういうことを言うのは無粋というものだろう。それくらいクラーリィにだって分かる。
 ようやくクラーリィのポーズに気付いたらしいサックスがクラーリィの手元に視線をやる。またチョコが増えたねと呟き、それから自分の手の荷物と見比べて、ああ、と納得した様子を見せる。
「クラーリィもホルン様からチョコ貰ったの? 今年もホルン様のカワイーね、嬉しいなあ」
「ふんっ」
 サックスの手の上にあるものとクラーリィの手の上にあるものはまったく同じ。中身だって、多分例年通りの昨日辺り女官と一緒に作った一口チョコ。
 でも別に、クラーリィはそれでもいい。
「中身は何かな〜また一口チョコかな〜」
「またってなんだ、失礼だろ!」
「え? ご、ごめん…なさい」
 怒られる理由がよく分からないらしいサックスが首を傾げたが、まあ毎年のことだと諦めたらしく「あ、そうだ」と別の話題を振る。
 クラーリィは話を合わせながらもずっと視線を手の内の包みにやっていた。
 小さくて可愛らしい包装。その中に詰まったホルン女王の思いと、己がこの小さな包みに寄せる大きな思い。バレンタインの度にやってくる、小さくて大きな幸せ。
 いつ食べよう、いつまで飾っておこう、この包装紙はどこにしまっておこうと考えている彼は、スフォルツェンドで一番にこのイベントをやり出した人物に少しだけ感謝している。


***END



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