ティナ+クラ予想



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 可能性その1

「おいシェル、あんまりティナーさんに近づかない方がいいぞ」
「え? どうして?」
 グスタフの忠告にシェルは耳を疑った。確かに気性の荒いところはあると思うけれど、だからといってお近づきにならないほうがいいっていうのは流石に酷いんじゃないだろうか。
「ティナーさん、そんなに悪い人には見えないけど…」
 あんたは人を見る目がないわよ、と耳元でピロロが叫んでいる。
「本人は別にあれだけど…下手するとバックが出てくるぞ」
「バックって?」
 ま、まさかダル・セーニョ王家が、と言いかけたシェルの後ろでけたたましい爆発音が聞こえた。

 二人+αは揃って振り返る。
 目に飛び込んできたのは噂のティナー、級友らしき人物、そして…
「大丈夫かティナー」
「す、すみません伯父上」
 シェルの憧れのあの人・クラーリィ司聖官。
 クラーリィが片手を上げたままのところをみると、どうも今の爆発音の原因はクラーリィにあるらしい。シェルの級友と思わしき人物は軽く黒こげになってぷすぷすと音を立てていた。
 唖然とシェルたちが見守っているのには気付かないらしく、彼はつかつかと黒こげの級友に近づく。
「おいおまえ。次ティナーに手を上げてみろ、おまえの居場所が世界中からなくなるぞ。どういう意味か、分かってる、な?」
 わざわざしゃがみ込み、多分顔だと思われるところまで近寄って、指までさし、聞いているだけのシェルですら背筋が凍るような声色でこう囁く。わざわざ最後の方はゆっくり喋っているのだからたちが悪い。
 クラーリィはがくがく頷く級友に満足したのか立ち上がり、突っ立っているティナーの頭を数回撫でてそのまま立ち去ってしまった。
 こつこつ、規則正しい足音が少しずつ遠のいていく。

 シェルは半泣きだった。
「ぼ、僕クラーリィさんのこと、…うっ…」
 だからあの人怖いって言ったじゃない、とピロロが息巻いている。だからあんなのに憧れるのはやめときなさい! と彼女は続けた。
 でもシェルは首を振る。
「シェル、一応言っとくと、あれ昔っかららしいぞ。昔はティナーさんの母親にやってたらしい」
 ティナーに手出ししなければぜんぜん大丈夫だ、とグスタフはフォローしたが、シェルはしばらく落ちこんだままだった。


 ***


 可能性その2

「しっかりせんかあ!」
「は、はい!」
 半泣きのティナーの尻を叩く勢いで、クラーリィは次なる魔獣を召喚した。獰猛な牙を持つその魔獣は、その場を一回転するとまっすぐにティナーの方へと走り出す。
 ティナーは剣を構えるが、魔獣のスピードがそれを上回った。勢いよく吹っ飛んだティナーは壁と激突し、壁が少し抉れた。
 その様子を、クラーリィはただ黙って眺めている。
「くっ、この程度!」
 再び襲いかかってきた魔獣をティナーは打ち払い、立ち上がって魔獣と立ち向かう。魔獣の爪が何度も何度もティナーの剣と火花を散らす。
「俺がおまえの歳だったとき、このくらい余裕だったぞ!」
「はい、分かってます!」
「この程度とっとと倒してみせろ! 俺の甥っ子コルの息子のくせに!」
 ティナーは駆ける。なんとか魔獣の背後を取って斬りつけたい、魔獣に渾身の一撃を浴びせたい!
「やっ」
 蹴った爪先が綺麗に弧を描き、ティナーが魔獣の真上へと躍り出る。今こそがチャンス!
「ちくしょー!!」
 ティナーの渾身の一撃が魔獣に突き刺さった。グオオ、と低い呻き声を上げて魔獣が倒れる。倒れた途端、黒い霧となって消える。
 一つ、課題終了だ。

「はい、ご苦労」
 クラーリィは冷たい。どんなに頑張っても“当然”の評価しかくれない。しかも、実際根拠のある冷たさなのでティナーはそうそう文句が言えない。彼に近しい血を流していながら彼に到底届かない実力で、なんでこんなこともできないんだと思われて日々すごしている。
「伯父上」
「なんだ」
「強くなる秘訣はなんですか」
 クラーリィの瞳が光った。興味を示してくれたらしい。
「秘訣? …くじけない心」
「あとは?」
 それは多分自分にもあると思う、とティナーは自負する。こんな苛烈な扱きに耐えているのだから、たぶん。
 そうだな、とクラーリィは考える。しばらくのち、クラーリィはふっと笑った。
「伯父上?」
「いやー何でもない、俺とおまえは世代が違うからあんまりいいアドバイスはできそうにないと思った。
 今日はここまでにしとこう、じゃあまた今度な」
「えっ、伯父上ちょっと、…ああ」
 行ってしまった。ティナーは肩を落とし、少しだけ下を見つめて、すぐに気を取り直して部屋の片付けを始めた。かなり暴れたせいで随分散らかっている。

 一人歩を進めるクラーリィの苦笑いが治らない。
「『人の死体を見る』『人の死ぬところを見る』、…なんて、言えっこない」
 そんなものを見なくてもいい世界にした筈だ。だとしたら、彼らがどんなに頑張ってもクラーリィ世代に追いつけないのは仕方がないとしか言い様がない。
「綺麗なものだけを見て生きていけるなら、それが一番いいさ、そうに決まってる」
 クラーリィが思い起こすのは、彼が弔った数え切れないほどの家族/友人/部下たちの命。
 ティナーには強くなって貰いたいと思う。けれども悲しい強さはいらない。
 俺とも、先人の誰とも違う、明るい強さを持ってくれ、と彼は願う。


 ***


 可能性その3

「便利だなあ」
 鏡のまえに人影が二つ。背丈は似たり寄ったり、更にどちらも同じ恰好をしている。違いといえば、表情くらいだろうか。
「便利、って」
「ああ便利だ。こんなに便利なら俺は双子に産まれてくるんだった」
「ちょっと、」
「ああでも、俺の片割れが俺のように文武両道になるとは限らんか。意見が割れることもあるだろうから、やっぱりこれが一番だな」
 ティナーは今度こそ黙った。何を言ってももう無駄だといい加減に悟った。
 目の前に立つクラーリィはノリノリだ。
「あ、ちょっと、この髪型は宜しくないな。ちょっとこう…こうだ。うむ、よし」
 ティナーの髪をいじくり、クラーリィは己にそっくりな恰好をさせる。棒立ちで不服そうな顔をしている彼とは対照的に、クラーリィは実に楽しそうだ。
「そっくりだ!」
「伯父上! いい加減に、」
 我慢ならなくなったティナーが口を挟む。クラーリィの言葉がようやく止まった、かと思いきやすぐに再開された。
「おまえの入学を認めたのはどこの誰だと思ってるんだ」
「わ、私はスフォルツェンド守護国の者としての責務を」
「そんなもん俺とコルがいれば十分だ」
 俺たちきょうだいでこの世界を征服してやる、と昔笑っていた気がするが、最近ティナーにはあの言葉が本心であったような気がしてならない。なにせ今この国スフォルツェンドには女王が居らず、ほぼ全ての権限をティナーの伯父・クラーリィが握っているのだ。
 クラーリィはティナーが黙り込んだのをいいことに彼の肩をぽんぽん叩いた。よろしくな、と告げる。
「そんなわけで、もう一日頼んだぞ」
「またですか、いつお戻りになられるのですか、いくら私があなたと似ているからっていつかぼろが出ます、普段優しくしていただいているのは嬉しいのですがいくらなんでもこの扱いは、…寂しいです」
 ティナーは精一杯気持ちを込めて抗議したつもりだった。
 さあクラーリィの心に言葉は届いたのか? 彼はそっと顔を上げる。
 クラーリィはしばらくそっぽを向いて考えているような素振りを見せた。
「うーん、そうだな」
「伯父上?」
 一縷の望みを掲げ、ティナーはクラーリィを窺い見る。少しは反省してくれただろうか。
「でもこれ以上休暇を減らしたくないんだよなあ」
「伯父上ぇ!」
 いいじゃないか、とクラーリィは宣った。彼に反省の色はない。
「ここ二十年ほど俺はこの国の最高権力者として頑張ってるんだぞ? たまには休みをくれよ」
「た、たまになら私だって文句は言いません。でもこんな、週一ペースなんて、その内パーカス様にばれてしまいますよ!」
「ん? もうばれてるよ」
 あっけらかんとクラーリィが言い放った。ティナーは随分と間抜けな声で、えっ、と聞き返す羽目になる。
 クラーリィは体の重心を右から左へ移し、さらに腕も組み直して、ティナーに「あたりまえだろう」と告げた。
「俺の人生の大半を見てきたパーカスに俺とおまえの見分けが付かないなんてそんなことあるわけないだろ? 俺がちっさい頃からの付き合いなんだぞ?
 おまえが俺になっているときはおまえに無理な仕事を回さないでくれって言ってあるんだ。実際、回ってきたことないだろ。俺だっておまえにそこまで期待しているわけじゃない。俺の代理でいいんだ、あくまでも見た目的な代理」
 なんだって、とティナーは呟いた。懸命に伯父上のふりをしようと難しいことをこなしていたつもりだったが、クラーリィ的には全然そんなことはなかったようだ。
「大丈夫、そのぶんはちゃんと成績上乗せしてやるからな。おまえはミスが少ないんで重宝しているよ。俺はどうも細かいことが苦手でなあ、魔族殴り殺す方が好きだよ」
 ティナーにまさか、「もう四十ですし」と突っ込む勇気はなかった。

「あの、伯父上」
「ん?」
 ティナーとそっくりな顔をしてクラーリィが首を傾げる。実際はティナーがクラーリィにそっくりなのだが、そういう細かいことを気にしているとティナーの胃がどうにかなりそうだった。
「休暇って、どこで何されてるんですか?」
「ん? …そうだな、誰にも言うなよ」
「い、言いません」
 クラーリィはごく真剣な顔をする。そしてティナーの耳に顔を寄せた。
「隠し子の面倒を見に行ったりとか」
「えっ!! ちょ、か、」
 驚きのあまり口をぱくぱくさせるティナーを、行儀悪くもクラーリィが指差して笑う。
「無論冗談だ。実際は変装して城下をうろうろしたり、遊びに行ったりしているよ。ぜーんぶ一人でな。一人は気楽でいい」
 クラーリィはけらけら笑っていた。ティナーの感情が驚きから呆れ、そして怒りに変わるまえにそろりと後ずさる。
「じゃ、よろしく頼んだぞ、我が甥っ子。パーカスをあまり困らすんじゃないぞ」
 困らせているのはあなたでは、という言葉を発するまえにクラーリィの姿が消えてしまった。
 ティナーは大きくため息をつき、鏡のまえで己の姿を確認し、頬を一回ぱちんと叩く。「司聖官らしく」きりっと表情を引き締めた彼は扉を開け、苦労性の執事が待っているであろう職場に顔を出す。


 ***


 可能性その4

「俺はなあ、正直もう少し…うーん」
 ティナーをまえにしてクラーリィは腕組みを解かない。呼び出されたティナーはといえば、むっつりと唇を尖らせている。
「名前が悪いのかなあ」
「そんなこと関係ない!」
 ティナーをそっちのけにして思案に沈むクラーリィに業を煮やし、ティナーは立ち上がった。あっ、とクラーリィが我に返る。
「またその話、ならもういい!」
「ああティナー待て、分かったから落ち着けそして座れ」
 クラーリィの制止に動作を止めたティナーは、不服そうな顔をして座り直した。
 聞かなきゃ良かった、という呟きが聞こえたがクラーリィは聞こえない振りをする。
「元気なのは結構、喧嘩っぱやくて血気盛んなのもまあ、結構。だがなあ、俺はもう少し大人しくなってもバチは当たらないと思うぞ」
 俺の子供の頃より元気じゃないか、とクラーリィは続けたが、ティナーは負けじと「それは伯父上が内気な子供だったからだ」と言い返す。
「私は幼馴染みにいじめられて本を捕られたりしない、そもそもいじめられたりしない、やられたらやり返す!」
「ああまあ、その話はやめにしておこうか」
 自分の子供の頃との比較を出すと必ずこう切り返すのだから困ったものだ。全くパーカスめ、余計なことを吹き込んでくれる。

 聞く耳持たないティナーの態度にクラーリィは大きく溜め息を付いた。一体どこで育てかたを間違えたのだろう、コルも己もちっとも悪くないはずなのに。
 クラーリィの溜め息に鼻をならし、ティナーは「それが私の個性なんだ」と息巻く。
「私は誇り高きダル・セーニョの王の子であり剣士であり、また伯父にスフォルツェンドの最高権力者を持つ身なのです。これがあるべき正しい姿であると思います」
 言い切ったティナーに掛ける言葉が見つからない。
 クラーリィは、それはそれは悲しそうに首を振った。

「だっておまえ、女の子なのに…」


***END



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