石・5



 ***


 サックスの親友はよく死にかける。
 よくこれで22まで育ったなぁと、よく思う。よく世界大戦を生き残り、スフォルツェンドに帰ってきてくれたなぁと、いつも思う。これから先はそんなことはもうないんだと思いたい。
 ……大神官クラーリィが命を懸けて守りたいものは、対戦直前に亡くなった。だからもう命を懸けて何かをすることはないのだと思いたい。

 サックスは目を閉じて考える。
 それは俺のエゴなのだろうか。それは俺の我が侭なのだろうか。親友が生きているというだけで、満足しなくてはいけないのだろうか。いつかまた自分の命をさらけだして死地へ向う友を、見送らなくてはならないのだろうか。

 きっと俺は、まだまだそれぞれの不安が渦巻くこのご時世で、少しばかり贅沢をしているんだろう、と泣きそうになる。


 ***


「何と申されました?」
「北の都を攻めるぞ、シコード」
「攻める?」
 シコードはそれっきり黙ってしまった。大帝は何を言い出したのだろう、ことの重大さをわかっていらっしゃるのだろうか?
「しかし、かの機械大国スラーは一夜で…」
「我ら精霊の御力はゼンマイなどとは違う。そうだろう」
 大帝は例のシコードが苦手な目で彼を見る。

 シコードは言葉に詰まる。常識的に考えて、一国で魔族に立ち向かうのはどう足掻いてもどう転んでも無理だと思う。いや、無理だ。
「返事がないな。お前も、無理だと思うか」
「はい」
「何も倒そうなどとは言っていないのだぞ?それで戦力を削れれば上々だ」
 ケストラー復活前とはいえど、まぁ十中八九無理だろうがね、と大帝は笑った。シコードは混乱している。心なしか足元がふらついている気がする。頭痛もしてきた。

「何をお考えなのですか」
 いつもなら怒鳴られておかしくない台詞を口にする。大帝は顔を歪めて立ちつくすシコードを見ると、苛立った様子もなく、彼の理想を、彼の望みを語り始めた。


 その理想は、馬鹿げていたのかも知れない。第三者が聞けば、笑止千万の代物だったかも知れない。でもシコードにはそんな風には聞こえなかった。ただ、これまで自分の力だけを信じて進んできたグロッケン大帝が、ここにきて自分の独断ではなくシコードを巻き込んで判断を下そうとしている、たったそれだけが嬉しくてたまらなかった。
 シコードは背の小さな大帝のもとに跪く。割れるような頭痛が彼を苛む。
「大帝、私は。私は、大帝に従います。農民上がりの私には、大帝のおっしゃることがよくわかりませんから。私にできることは、大帝のお役に立つことだけですから……」
 全ては大帝の意のままに、とシコードは呟いた。

 ぼんやりとしていた視界が急速に色を失っていった。あんな返事をして良かったのだろうか。最後に拠り頼むものは、大帝でよかったのだろうか。シコードにはわからない。何もわからない……と、彼は意識の底に身体を沈めた。


 ***


 目が覚めると、白い部屋にいることに気がついた。どうやら医務室かどこかに担ぎ込まれたらしい。シコードは少し頭を振って身を起こそうとしたが、看護師に止められた。また身体を横たえる。
「疲れてしまったな」
 もとより死んだところで悲しむ身内もいない身だから、シコードに守りたいものなど何もない。これでよかったんだと、自分を言い聞かせる。

 ドアがノックされた。答えるべきか寝たふりをすべきか迷っているうちにドアが開いた。開いたドアの隙間から、金色の髪が覗いた。
「……大神官」
「クラーリィだと名乗ったよ」
 ひょっこり顔を覗かせて、それから大神官は静かにドアを閉めた。驚いた、と彼は言う。
「急に倒れたから面倒を見てくれ、と大帝に言われてね。どうしたのかと、心配してしまった」
「すまなかった」
「しかし『お倒れになった』のが師団長様だからな。俺が警護についた」
「……すまなかった」
「もう大丈夫なのか?」
 さっきはあんなに張り合った割りに、とクラーリィはシコードの顔を覗きこむ。シコードは黙っていた。顔色も悪い。
「大丈夫じゃなさそうだが、大帝がえらくお前のことを心配していらっしゃったようだから、立てるようになったら大帝の目の届くところで休んだ方がいいぞ」
 シコードはクク、と肩を揺らした。クラーリィは首を傾げる。
「俺もお前に、シコード、と二回も名乗ったぞ」
「ああ、失礼」
 名前を覚えるのはどうも苦手で、と呟いてクラーリィは窓の方へ近寄る。ブラインドごしに見る空はやはり暗く、冷たい雨が止むことなく降り続いていた。
「いつ止むんだか」
「クラーリィ、大神官」
「何だ?」
 クラーリィは首だけ回してシコードの方を見た。シコードは何とか上体を持ち上げている。懐から何かを出そうとしているようだ。
「お前は綺麗な目をしているな」
「ああ」
 その話し、とクラーリィは溜息をついた。窓辺にもたれかかって、シコードの行動を見守る。
「あんたこの前もずっと俺の目を見てた。何が珍しいんだかわからんがね」
「故人に似ていたんだ。ついさっき思い出した」
 へぇ、とクラーリィは曖昧な返事を返す。サックスも「ずっと見ていて微妙な気分になった」と言っていたし、単なる癖だと思う。
「折角だから、これをやろう」
 シコードは懐から出した小さな石っころをさしだした。少し赤みを帯びて、発光体でも入っているのか弱く明滅を繰返す。
「なんだそれ?」
「お守り」
 シコードは身体を起こした。途端眩暈がするが、軽く頭を振ってそのまま立ち上がる。硬直したようにつったっているクラーリィの手にそれを握らせる。
「ち、ちょっと待った」
「男に二言なしだ。やるものはやる。大事にしろ」
 世話になった、とシコードは一歩下がって頭を下げ、そのまま退出してしまった。そこにはクラーリィとその手の内にある石だけが残される。

 クラーリィはそれっきり、二度とシコードの姿を見ることは無かった。



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