石・6



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 グローリアが北の都に単身突撃し惨敗したとの通達を受けたのは世界会議から一月も経たぬうちだった。もちろん大帝も、そしてシコード師団長も戦死したとの通達だった。クラーリィはその報に大層驚いたが、同時期にその通達を受け取ったサックスはけろっとした顔をしていた。「当然の結果」だと彼は言う。

 ではあの石をくれたのはシコードなりの形見分けだったのだろうか。
 本当に事務的で、外面的な付き合いしかしなかったけれど、シコードなりに、友人となったと認識していたのだろうか。友人なら、なぜシコードは母国の親友に渡さなかったのだろう。あれほどまでにシコードの死を悼む彼に、どうして形見の一つもくれてやらなかったのだろう。

 クラーリィがいくら考えても答えは出ない。シコードは死んで、北の都からは骨の一本も見つからなかったからだ。


 ***


 この部屋に戻るのは久しぶりだ、とシコードは呟いた。寝ること以外に用途のない部屋だ。愛着も何もないが、いざ離れるとなるとそれなりに惜しい気持ちになるというもの。ドアを開けると中には男がいた。
「お前、人の部屋に勝手に入って……」
「待ってたよ、シコード」
 いくら何もないとはいえ、鍵もかけないとは、と男は友人をたしなめた。シコードは困ったような笑みを返す。男はその表情を認めると溜息をつき、浮かせていた腰を元に戻してシコードの行動を見守る。どうせまたすぐに話し出すだろうと溜息をつき、シコードは身支度に取り掛かった。

 しかし、いつもなら勝手に話し出すであろう彼は何故か沈黙を破ろうとしない。
「どうした?」
 話し出すどころか無言である友人に寒気を覚え、シコードは手を止めて男のほうに向き直った。男は真顔で黙っている。
「どうしたんだ? 気味がわる」
「お前も行くのか?」
 男はそれだけ言ってまた黙った。シコードは凍ったように動かない。何が、とは聞かない。お互いに何なのかはわかっている。
「そうだ、行く」
「本当に行っちまうのか」
「……そうだ」
 シコードは自身に納得させるように何度か頷いてもう一度、行く、と言った。その瞳に迷いはない。

 長い沈黙が訪れる。
「……そっか。お前の中ではもう、決着がついちまってるのな」
 沈黙を破ったのは男のほうだった。彼は泣きそうな声で呟いて、俺は悔しい、と顔を覆った。
 シコードはその友人の変貌振りに驚くが、為す術を知らない。シコードがおろおろしているうちに、友人は声を上げて泣き出してしまった。
「おい、大の男が情けない」
「お前に死んでほしくない」
 男は涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた。シコードは困惑したように口をつぐむ。
「お前に死んで欲しくない。死ぬためだけに北の都へ行ってほしくない。俺はどうすればいい、俺はどうすればお前を止められる?」
「無理だ。俺は決めた。俺は大帝につき従うと心に決めた」
「俺は……俺は、シコード、俺は……」
 そのまま男は泣き崩れた。シコードはその様子を黙って見ていることしか出来なかった。

 この期に及んで、唯一無二の友人を泣かせている現実を受け入れることが出来なかった。シコードはそのことが酷く悲しかった。

 友人は散々泣いた挙句、そのまま気を失うように眠ってしまった。シコードは少し迷ったが、結局床で眠る彼に毛布を譲り渡して自身も眠ることに決めた。


 ***


 目が覚めると友人シコードの姿は既になかった。男はまだぬくもりの残るベットにしがみついて泣いた。
 散々泣いた後男は廊下に出た。廊下は無人だった。いつぞやシコードに孤独感を与えた廊下は、男に絶望感を与えた。
 彼は自分の両手を見た。彼は誰に聞かせることも無く呟く。
「……わかった、俺が、俺がこの国の崩壊(さいご)を見届けよう。お前が地獄に落ちる道を選んだのなら、俺は修羅の道を歩もう、じゃ、ない、か……」
 最後の方は震えて言葉にならなかった。やがてその震えは全身に伝わり、立っていられなくなる。
 男は地に身体を投げ打って絶叫する。


 ハープ、俺の親友、お前はこれで本当に幸せだったのか?


 ***END



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