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 スポーツの秋、毎年恒例スフォルツェンド魔法学校の運動会。今年は大神官クラーリィの妹コルが入学した、というのでその兄が観戦に来るのではないかと専らの噂。これまで彼女が通っていた小学校の運動会にも毎年休暇を取ってまで観戦に来ていた彼、今年も来るのが妥当だろうというのがその理由だ。

 そして当日、やはり彼は現れた。がちがちの「お父さんセット」に身を固めて…

「寒いんですけど」
 サックスがぷうぷう言っている。
「何が?」
 クラーリィは機器を調節しながらサックスの愚痴を聞いている。
「可愛いのはわかるけど…俺にまで休暇取らせて写真撮るのはどうかと」
「コルの頑張りを俺は見るんだ」
「はい、はい」
「学校側が撮る写真はコルが主役じゃないだろう?大神官の権力を振りかざして『コルを中心に写真を撮れ!』なんて恥さらしな真似はしない。俺がやるしか無いだろうが」

 クラーリィは真顔だ。まあ気持ちは分かる。普段あまりかまってやれないのだ。ここで、言葉は悪いが「俺はおまえを気にしているぞ」と全身全霊をかけてアピールしなければ気が済まないのかもしれない。ましてや血の繋がっていない兄妹、クラーリィは一言も口に出さないがそれなりに気にしているのだ。
「そうですね…」
「そうだ、だから黙ってコルを撮れ。あと、ついでに運営に顔を出しておけ」
「え?なんで俺が?」
「卒業生だろ、こんにちは、お騒がせします、って顔出しとけ。コルを追うのに忙しい俺の代わりに」
 自分の出現が「お騒がせ」になるという自覚はしているらしい。でもクラーリィ、言っとくけどおまえも卒業生だから。
「…おまえはそう言って俺にものを頼んでいるのにさっきから俺の方をちっとも見ない!」
 人に頼み事をするときくらいその人の方を向け、と文句を垂れてサックスは立ち上がった。相変わらずクラーリィはいい席を陣取ってカメラ(クラーリィが使う動画用、サックスが使う写真用)の手入れをしている。



「もう知らない…俺親友間違えた」
 開会前の運営へ向かう。人だかりの中、責任者を見つけ今年(から)お騒がせします、ですが腐っても大神官ですので警備の方はご心配なく、と頭を下げる。一通り言い終わって踵を返すと、なぜか目の前にコルがいる。
「コルちゃん?どうしたの」
「あの…サックスさん」
 神妙な顔をしてコルが言う。ん?とサックスは首を傾げる。
「お兄サマ…が、あんまり暴走しないように…見てあげて欲しいんですの」
「どしたの?」
「今日リレーでアンカー走るんですけど…お兄サマ昨日『おまえは勝つぞ』って言ってたので…ただの暗示だといいんですけど、なんだか目が据わってたので」
「……大変な兄を持ったな…」
 幾分呆れたサックスにコルは慌ててフォローを入れる。「愛されてるからいいんですの!」そう言うと、更に「お願いします」と頭を下げて走っていってしまった。すぐに彼女は友人たちに囲まれ、あまりサックスが見たことない類の笑顔が遠目に見える。



「クラーリィめ…」
 あんなに可愛い妹がいるのに、とか、その彼にいいように有給を使われている自分に腹を立てたり、兎に角複雑な気分になったサックスは頭をブンブンと振って席に戻る。
 席では未だにクラーリィが入念なチェックを繰り返していた。
「あんま触ると逆に壊れるかもよ」
「何?…それもそうだな…」
 ことり、と小さく音を立てて機器が置かれたことを確認して、サックスは「それから、」と言葉を続ける。
「子供の運動会に手を出すなよ?知ってると思うけど、運動会中の魔法の使用は全面禁止ですから」
 サックスは見た。ぎくっ、と一瞬クラーリィが肩を揺らすのを。
「な…何のことか、さっぱり」
「あっそ、まあいいですけど。俺ずっと隣にいるし」
「ぐ…フ、フン、知ったことか」
 そっぽを向いたクラーリィをサックスは黙って見下ろす。なんだかんだ言って、こういう「行き過ぎ」の形でしかコルに愛情を示せないこいつは不器用だと思う。伝わってるみたいだからいいけど。



 競技が始まった。あとで「ここのシーンがない」とか「あの表情がない」とか言われるのは厭なので、黙々と大量の写真をデータに納める。物凄い容量があっという間に埋まっていく。
「(…話しかけると音声入るから、怒るだろうな…)」
 隣のクラーリィは同じように黙々と動画を撮っていて、その表情は仕事をしているときとは大違いだ。何というか、昔まだ無邪気にじゃれあっていられた頃の懐かしい顔をしている…気がする。

「(あ、次…リレー…)」
 会場にアナウンスが流れた。コルが他の選手と共に入場する。じいっとそちらに視線をやっていると、一瞬だけ目があった。クラーリィを見たのかも知れないが、多分サックスの方だろう。念押し、だろうか。
「頑張れ、コル…!」
 クラーリィの小声が耳に届いた。知らずの内に同じ台詞がサックスの口からも突いて出た。

 パアン、と甲高い空砲、同時に上がる歓声、運動会一番の目玉、各種対抗リレーが始まった。

 コルのいるチームは順調で、一位争いの集団に入り込んだようだった。しかし何度走者を交替してもなかなか差が開かない。接戦のままコルの順番へと近づき、とうとうコルの番になっても一位か二位か曖昧なまま走順が回ってきてしまった。
「コル、行け!頑張れ!!」
 クラーリィが握り拳を片手に叫ぶ。シャッターを押しつつクラーリィを監視しているサックスに声を上げる余裕は無かったが、心から彼女を応援している。

 だが。
「あ…っ!」
 もう一組のアンカーの方が微妙に早いらしく、次第に離されていくコルが視界に入る。これは不味い展開!とクラーリィを見やると、クラーリィはじっとコルを見たまま動かない。魔法を使う気配もない。
「(……なんだ…)」
 拍子抜けた。あんな思わせぶりな反応をしておきながら、そんなことをする気はなかったと言うことか。
 頑張れ、と念でも送っているのか、祈るような表情で彼は妹を見ている。その視線の先で、コルが懸命に追いつこうと駆けていく。

 結局、コルのチームは二着に終わった。退場したコルがクラーリィたちのところに駆けてくる。
「見ててくださいました?…残念でしたの」
「ああ、コル、おまえは頑張ったよ」
 コルを抱き寄せてクラーリィは彼女を労う。コルはクラーリィの腕の中、少し首を捻ってサックスの方を向いた。
「(ありがとうございますですの)」
 にっこり笑うコルに、いいや、とサックスが手を振る。
「(俺何もしてない)」
 え?とコルが首を傾げたところで、クラーリィが二人の内密の会話に気付いたらしい。コルを解放し、何話してたんだ?と二人を見比べる。



「…信用無いな」
 その後、サックスはむっつり頬を膨らませるクラーリィを拝むことになった。いろいろと害が出るだろうとコルは待機場の方へ返した。二人は既に帰路に就いていて、背後からは、遠く閉会式の音楽が聞こえる。
「おまえが怪しい言動してたのがいけないんじゃん。妹心配させて、少しは反省しろよな」
「…フン、思いとどまっただけでも良しと思って貰いたいな」
「げっ、まじでやる気だったの?横やり!?」
「え、あ、いや、ちが」
「失言発覚ですぞ大神官様」
 パーカスの口調を真似るとクラーリィがキイイと変な声を出す。彼はサックスにやつあたりしようと握り拳を作ったがすぐに下ろした。コルの大事なデータが入った機器類があることを思い出したらしい。
「くそ…覚えておけ」
「クラーリィさ、それ負け犬の定番台詞だから使うの今日限りで止めな」
 くっくっと耐えきれずにサックスが笑い出すと、クラーリィも表情を崩して笑い出した。

 取りあえず今日のところは、いつも頑張っている親友の懐かしい顔が見れただけで良しとしようか。また明日からクラーリィによるコルの勇姿語りが始まるのだろうけど、今は忘れて楽しく帰ることにしよう。
 サックスはいつの間にか離れたクラーリィの背を追いかける。澄んだ高い空が夕暮れて、きらり、気の早い一番星が輝いた。


***END



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