monochrome



***ホルン編


 ふと昔の記憶が蘇ることが、最近多々ある。
 外見とは似ても似つかぬ程の年月を経ている自分は他人(ひと)の知らないことを知っているし、一般人が誰でも知っているようなジャンクな物事を知らない。触れることの叶わない「ジャンクな物事」への関心が高まったことは何度もあったけれど、その度我慢してきた。

 最近、その頃の悲しい思い出が、よく蘇る。

 理由はよく分からない。忙しさがピークを越え、その他のことに時間を費やせるようになったからかも知れないし、単に自分の心が年を取って心の整理整頓をし始めたのかも知れない。クラーリィたち若い世代が群れてふざけているのを見て、羨ましく思っているのかも知れない。

 ひとつだけ確かなこと、それは自分が「スフォルツェンドの女王」という道を選び、それは多分間違っていないこと。

 息子を弔った。娘が行方不明になった。それでもこの国自体は漸く安泰になり、国民にも一定の水準での生活を保障できるようになった。パーカス初め官僚たちが揃って口にする「そろそろ次の世継ぎのことをお考えになっては…」という言葉にも耳を貸せるようになってきた。母親としては失格かも知れないが、女王としての政治に間違いはない。その、はずだ。

 なのに最近、昔の鈍い痛みとともに酷い焦燥に駆られる。悲しい思い出がぶり返し、それと同時に、自分は何か間違っているのでは、という思いがするのだ。
 自分のすぐ側で育った少年が、あの日弔った息子と同じ道を辿っている。同じように国を背負い、戦場に赴き、怪我をして帰ってくる。痛いのを我慢して、自分に気丈に振る舞ってくる。いつの間にか、彼らの瞳に映る自分が「母」ではなく「女王」になっている。

 ホルンは誓った。あの日を繰り返さないために、もう誰かに頼ったりしないことを。自分自身で出来ることは何でもやって、誰かに負担を傾けないことを。自分の愛しいたったひとりの息子だったリュートのために、孤立無援だった彼のために、彼の死を決して無駄にしないために。
 自分は不安なのかも知れない。また戦いで、今度は息子同然のクラーリィを失うことが恐ろしいのかも知れない。リュートの二の舞にならないようホルンは手を尽くしたはずだ。それでもまだ、不安が消えないのかも知れない。

 ホルンに与えられた「立ち止まれる時間」は短い。こんな逡巡をしている暇はないのだ。ホルンにできることは、自分の信じた道を最後まで信じ抜くこと。そして、周りの人間が付いてきてくれることを信じて、この国を、世界を先導して平和へと導くこと。

 ホルンは頭を振った。立ち上がり、深呼吸をして、凛と前を見据えた。
 ホルンが見るのは遙か彼方北の都、そしてその先の人類の未来の如何。錫杖を握り締め、歯を食いしばり、彼女は誓った。最後までやり遂げることを、例えどんな犠牲を払わされても、決して挫けず前を見据えることを。


***END



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