告白



***


 あなたのことが 好きだ

 あなたのことが好きだ
 あなたのことを愛している
 あなたの幼い子を見る優しい瞳や、暗い未来を見据えて潤む瞳を
 あなたのその気丈な心持ちや、再び立ち上がる心の強さを
 振る舞いに現れる女性らしさを、神々しいまでの慈悲の心を、そして果敢に運命に立ち向かう力強さを

 あなたのことが好きで堪らない
 あなたの為に死にたい
 あなたの為に生きたい
 あなたの生活の糧となりたい
 あなたの心のどこかに少しでもいい、居場所が欲しい

 神様、贅沢は言いません
 身分違いの恋だとは重々承知しております
 いいえ、倫理的に間違っているということだって分かっている
 この想いが恋と言うにはあまりに汚れていることだって分かっている!
 しかし決して口にしないと誓います
 この劣情を、墓まで持っていくと誓いますから
 だからどうか、あの人を愛することを許してほしい
 だからどうか、この汚い心を抱いたままあの人に仕えることを許してほしい

 神様、神様お願いです
 魂を売り渡したっていい
 あの人と一秒でも多く過ごせますように
 あの人が一秒でも長く生きられますように
 あの人の視界に、一秒でも長く留まれますように

 神様、神様、神様どうか
 どうか俺を、いいやあの人を、どうか救って下さい
 もう俺にはあんたしか頼るひとがいない
 俺はやれることは何でもやった、俺はありとあらゆる手を尽した
 だからもう俺に手はない、俺にはもう神頼みの道しか残されていないんだ!



 クラーリィは物音に気付いて顔を上げた。規則正しい足音がゆっくりと近付いてくる。その音からやって来る人物の正体に気付き、クラーリィは慌てて頬を拭った。
 久しぶりに随分泣いた。

「クラーリィ」
 愛おしいその声は、最早毒のようだった。クラーリィは至って平然と返事をしたつもりだったが、声が少し震えた。
「最近よく、ここに居ますね」
「ええ」
「礼拝堂は冷えるわ。あまり長居をすると風邪を引きます」

 クラーリィの瞳からぼろりと涙が溢れる。視界に収まるホルンの姿がじわりと滲む。
 ごめんなさい、あなたのことが好きです
 こんな汚い目で見てごめんなさい
 俺はあなたが思うほど綺麗な人間じゃない、俺はあなたが望むような人間になれなかった
 ごめんなさい、ごめんなさい
 あなたを好きになったりしてごめんなさい

 涙は一向に止まる気配を見せず、驚くホルンの手前、理由を言うこともできないクラーリィは肩を震わせ続ける。こんなに苦しい思いをするのなら、いっそ生まれてこなければ良かったという懺悔すら抱いて。


***


「どうしたの」
 己の顔を見るなり泣き出したクラーリィにホルンはそっと近づいた。悩みでもあったのだろうか。
「珍しい」
 泣かないで、という言葉は相応しくないように思えた。なにか、内側から来る悲しみから涙しているような風体。泣くことで身体の外に悲しみが出て行ってくれるなら、ぜんぶ出してしまった方がいい。
 動かないクラーリィの側に膝を付き、そっと顔を覗き込む。クラーリィは止まらない涙を拭いては拭くの繰り返し、ホルンに返事をしない。
「悲しいことでも、あったの」
 それも、ホルンの顔を見るなり泣きたくなってしまうようななにかが。
 クラーリィは一向に返事をしないし涙が止まる気配も無かったので、ホルンはそっと手を伸ばした。小さく震える肩を抱き、随分昔に追い抜かれた頭を腕の中へ。
 子供をあやすように腕の中へ、そしてホルンはゆっくりクラーリィの背中をさする。
「泣きたいなら気の済むまで泣いておしまいなさい。私はずっとここに居てあげるから」

 しばらくして、ホルンは自分の腕の中からすうすうと規則正しい寝息が聞こえてくることに気付いた。なんとまあ、クラーリィはこの歳にもなって泣き寝入りしてしまったらしい。
「…パーカス。ちょっと」
 お願い、と小さく手をこまねく。物陰から心配そうに様子を窺っていたパーカスがこちらへやって来る。
「寝てしまったの。私の部屋までワープさせてあげてくれないかしら。起こさないように」
 小声ゆえに聞き違えたかとパーカスが聞き直す。
「クラーリィの部屋ですか?」
「いいえ、私の部屋。暖かい場所でクラーリィとゆっくり話がしたいんです」
 ここでは風邪を引いてしまうもの、とホルン。パーカスはゆっくり頷くと、クラーリィが起きないよう静かに静かに呪文を唱え、完璧と言うに等しいワープ魔法を披露した。

 場面一転、ホルンの部屋。クラーリィをソファに寝かせるなりパーカスは部屋中の灯りをやや暗めに落として回る。
「ごめんなさいね。ありがとう」
「いえ、ホルン様」
 下がっても、と視線で問いかけるパーカスにホルンは会釈で返した。パーカスが部屋を下がり、取り残されたホルンとクラーリィ。
 ホルンはクラーリィに、そっと毛布を掛ける。
「昔を思い出してしまったわ」
 囁くように、ホルンは呟く。無論クラーリィの反応はない。
「昔のあなたと、昔の私を…」
 ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりが、不安定にクラーリィの顔を照らす。
「昔はあなた、私の顔を見ると泣き止んだのに、今は私の顔を見て泣くのね」
 悲しい気持ちが半分、仕方ないかと思う気持ちが半分。
「その理由が知りたいけれど」
 きっと教えてくれないわね、と独り言。クラーリィはなんだかんだ言って口が堅い。昔から、いや今も昔も、ホルンに数え切れない隠し事をしている。
「起きたらコーヒーを飲みましょう。紅茶でもいいわ」
 涙で張り付いた前髪をどかす。ようやくクラーリィが少し身動ぎをする。
「さっき泣いていた訳は聞かないから。仲良くしましょう、あなたに嫌われると悲しいのよ…」
 ホルンはやや手に力を込めて頬の涙の跡を拭った。
 赤く、指の跡が残る。すぐに消えてしまうだろうけど。

 ようやく目を覚ましたクラーリィが、何も無かった風を装うホルンと目を合わせるまで、あと、少し。


***END



Top