血縁・2



***


 昨日、ぼんやりと考えたことがある。
 ホルンに育てられたとはいえ、クラーリィは一般市民にしてはやけに「おかしい」魔力(法力)の持ち主で、平民から希望の星と見られている節がある。リュートがその身を退いた今、他に変わる人間がいないと言っても、やはり一般市民の大神官就任は前例がないのだ。余程の才能の持ち主か、時に神に愛されているとまで言われることすらあった。
 だが、彼がフルートと腹違いの兄妹であると考えるとそれは当然の事実なのだ。クラーリィは王室の血を引いている、直系ではないが、過去大魔法使いとして名を馳せた王室とは遠縁の父の名に恥じることのない実力を持っていると言える。勿論彼の努力あっての大神官就任だが、同時期に修行を始めた幼馴染みたちがどんなに頑張っても到達できなかった椅子にクラーリィが座れた理由が付く。そのくらい、あの地位は一般市民には届かない椅子だったのだ。

 フルートは、クラーリィが自分の実兄であるという確信を内に秘めている。
 そしてそれが、これからの二人の関係に暗い影を落とすのではないかと危惧している。



「なあ、おい」
 クラーリィに急に声を掛けられて、フルートは文字通り飛び上がった。ひゃんという奇妙な声まで出して、慌てて振り返る。将に挙動不審としか言い様のない反応。そうされる覚えのないクラーリィは首を傾げて、フルートの顔をまじまじと眺めた後どうしたんだと呟いた。
「なっ…何がどうしたの?」
 フルートは胸に手を当て、何でもない何でもないと自身に言い聞かせながら作り笑いを浮かべた。収まらない動悸を抑えようと深呼吸を繰り返す。
 尤もそんな動作こそクラーリィを不審がらせ、もう一度クラーリィは首を傾げた後どうした、と繰り返す羽目になった。
「おまえさっきから変だぞ」
「そ、そうかな?」
 フルートに対し常に、コルと同じように兄貴風を吹かせるクラーリィは、先ほどのフルートの妙な質問を思い出して様子を見に来たのだろう。実際、特に何もない、ただっ広い廊下でぼんやり思慮しているフルートの姿は不審極まりなかった。
「…俺の持ち物何か壊したのか?」
「ち、違うわよ!」
 おまえ案外怪力だからなというクラーリィの言葉に首を振る。
「じゃあへそくり見つけたとか」
「ち、違うわよ!そもそも私クラーリィの部屋に無断でなんか入らないわよ!…っていうかへそくりなんてあるの?」
 あ、違うそんな話がしたいんじゃなくて、とフルートは一人で突っ込みを入れた。つい乗ってしまった自分を叱咤しつつ、違うの違うのとフルートは繰り返す。
「じゃあ…サックス辺りになにか吹き込まれたか?」
「クラーリィ、いつもサックスさんのせいにするよね。悪い癖だよそれ」
 ますます脱線してゆく。そしてまた、だから違うの、とフルートが首を振る。
 フルートは気付いていないが、クラーリィはわざと彼女が話題を脱線させるような話の振り方をしている。クラーリィには何となく、フルートに何かあったという直感があった。ただこうも拒否されるということはきっと話したくないことなんだろう、と踏んだクラーリィは、フルートの気を紛らわせようとしているのだ。フルートには伝わっていないものの、彼なりの優しさ。
 しかしなぜかフルートは一生懸命話題を戻そうと頑張っている。
「…言ってくれないとわからない」
「だ、だから、何もないの。本当なの。…本当なの」
 それならそれで、脱線した話題に乗ってそのまま忘れてしまえば良かったのにとクラーリィは思った。フルートはもう一度ごめんねと繰り返す。
 広い廊下、しばし沈黙の二人の間を冷たい空気が通っていく。

「…そっか。まあ、そういう時もあるな」
 折れたのはクラーリィだった。少し落胆した顔をして、疑ったりしてごめんなとフォローし、くるりと踵を返し立ち去っていく。一度も振り返らないクラーリィの後姿に妙に焦燥感が募り、フルートは一人広い廊下で泣きそうな顔をして立ち止まっていた。



 あんな態度を取れば自分たちの血縁関係がどうのと言う前に冷めてしまうだろう。フルートは自室に帰り一人悶々と考え込む。昨日からどうも動転して、上手く立ち回ることができなくなっているようだ。
 気を紛らわせようと椅子から立ち上がり、飾り机の上の香を焚き付けると照明をぎりぎりまで落とした。ふんわりと漂う花の香りはいつもなら最大限フルートを癒してくれるのに、今日ばかりはあまり効果がなかった。それどころか、この香の中に父の部屋の独特の匂いを嗅ぎ取ってまた悶々と考え込む最悪のループだ。
 フルートは諦めて照明を戻し、そこらにあった読みかけの本を手に取った。女王となるための教養として読むべきだと言われた本だが、そういうものは概してつまらないものと決まっている。そしてその本も例に漏れず、気分の落ち着かないフルートを眠りに誘ってくれたのだった。



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