招かれざる…



***


「んもーっ、酷いんですよサイザー様ったらっ!!ねぇねぇ、聞いてますっ、クラーリィさんっ!」
「き、聞いてる、聞いてる」
 がくがく頷くクラーリィに満足したのか、またオカリナは威勢良く話し出した。サイザーの言い方が酷いこと、まるで自分が邪魔者みたいな言い方だったこと、でもその顔にちっとも悪意がなかったから注意できなかったこと、そして今自分は一人寂しく叫んでいる(尤も目の前にクラーリィが居る)というのに今頃サイザーはライエルと二人で楽しくやっているんだということ!

 唐突に窓からやって来た有翼の魔族にクラーリィは度肝を潰されたが、それ以上に神経をすり減らす羽目になったのは、クラーリィの机に勝手に持ってきた椅子を寄せ、対面する形で座り、べらべらと彼女の主に対する愚痴を言い始めたことだ。しかもその勢いが物凄く、つばを飛ばすかのよう。その剣幕に押されてクラーリィは「出て行け」とか「黙れ」とか、そういう類の言葉を一切掛けられなかった。もし掛けたら最後、十倍になって帰ってくるのではないかという恐怖もあったことを認めよう…。

「酷いんです、『消えてくれ』って、そんな言い方ないですよ!」
「ああ、うん、まあその言い方は少し…語弊があるかな」
 クラーリィは目を通そうとしていた書類を机の上に置いて、で、と彼女に切り出す。定期的に相づちを打たないと彼女はぐいぐい顔を寄せて同意を求めてくる。そんなに近づかなくてもよく見えるから、とは言わないがやはり少々問題があるように思われる。
「落ち着いたか?」
「う…酷い酷い…、サイザー様酷い!」
「分かったから。で、俺には一つ物凄い疑問があるんだが、聞いてもいいか」
 半泣きになり始めていたオカリナはくいっと顔を上げ、クラーリィの方を見上げた。
「何でおまえ、よりによってあんまり面識のない俺のところまでやって来てくだ巻いてるんだ?」
「え、だってワルキューレたちがクラーリィさんなら聞いてくれるって言ってましたよ。似た者同士だから、大丈夫だって!」
 少し黙って、あ、そう、とクラーリィはやる気のない返事をした。

 まあ否定はしない。今日だってホルン女王は仕事場に行くクラーリィに向かって、
「クラーリィ!今日はフルートとリュートと三人で城下を見てこようかと思うの。仕事は明日やるわ。良いでしょう?」
と言い、同意も求めず行ってしまった。本当は今日中に片付けていただきたいものが沢山あったのだが、クラーリィはホルン女王に何も言えなかった。彼女のこれまでの苦しみを知っているから、それに水を差すようなことをしたくないのだ。
 でも正直おいて行かれて寂しい。これまでは護衛としてホルン女王にくっついて行けたのに、その座すら王子に奪われてしまった。くっついて行ける理由が無くなった。
 そういう点ではまあ、似てると言ってもいいかも知れない。問題は、ワルキューレたちがどうしてそんな内情まで知っているのかということだが…

 一息ついたらしいオカリナはふうっとため息をつくと、あーあと呟いてクラーリィの机に突っ伏した。
「サイザー様がライエルさんと仲良くなって…恋人みたいになってるのは別に…いいんですけど!サイザー様だけ彼氏作ってずるいなんて思っていませんけど!だけどやっぱり寂しいんです…うっうっ…」
 ちっともよく思ってないだろ、という突っ込みはクラーリィの心の奥底にしまわれた。いくら親友たちから鈍いだの何だの言われるクラーリィでも、ここはいじってはいけない場所だということくらい分かる。
「そういうの、おまえの友達のワルキューレは聞いてくれないのか」
 うんざり気味のクラーリィは代替案を切り出した。自分の愚痴も代わりばんこに聞いてくれるならまだしも、オカリナは来てからこの方小一時間ほど、相づちしか打たないクラーリィに向かって愚痴を言い続けているのだ。クラーリィがそう評価するのはまずいかもしれないが、相当鬱憤が溜まっていたらしい。
「だめですよ!ワルキューレはサイザー様と一緒にいるんです。サイザー様に『消えてくれ』なんて言われた日には、もう…ううっ、サイザー様やっぱり私のこと嫌いなのかな。まだ『パンドラさんとハーメルさんについて、真実を知っていたのに黙っていた』って怒っているのかな…だからあんな…ぐすん…」
「…考えすぎだと思うが」
 まさか酒を飲んでいるわけではあるまいな、とクラーリィは勘ぐる。幸いにして今のところ酒臭い気配はないが、酒を飲んでいないにも関わらずこのくだの巻きようであるならば、それはそれで少し今後の対応を考えなくてはいけないかもしれない。
「クラーリィさんもそう思いますか?私の考えすぎ?…考えすぎですか?」
 うん、とクラーリィは頷いた。最早肯定する言葉を並べるのすら面倒臭くなっていた。別段沢山喋ったというわけではないのだが、聞いているだけでこうも疲れるとは。聞き上手などという肩書きを持つ人間に会ったら、今度は尊敬の眼差しで見てあげよう…
「考えすぎ!考えすぎ!…ですよねっ?」
「ああ」
 大まじめに、なるたけ説得力を持つように、クラーリィは力強く頷いた。それを聞いたオカリナはぱあっと表情を明るくして、では、と席を立つ。
 ああやっと帰ってくれるのか、とクラーリィは安堵のため息をついたがその予想は外れ、オカリナは椅子に座り直して「どうぞ」と呟いた。
「んっ?」
「今度はクラーリィさんの番ですよっ、鬱憤晴らしちゃって下さい」
 語尾にハートでもつきそうな声色で、オカリナは満面の笑みを浮かべた。拍子抜けたクラーリィがえ、あ、と間の抜けた返事にならない返事をする。怒濤の勢いで話していたオカリナにも、クラーリィの愚痴をお返しに聞いてあげようというその位の優しさはあったようだ。

 迷ったクラーリィ、最終的に出した結論は取りあえず不満を漏らしておくことだった。もともとオカリナとホルン女王に面識はないし、ホルン女王にクラーリィが愚痴っていたなどという情報は漏れないだろう。…多分。
「へえ、そうなんですか…お互い大変ですねっ!」
「まあ…そうだな。文句を言えないという点ではいい勝負だ」
 あらかた呟いてしまってすっきりしたクラーリィはオカリナの言葉を肯定する。形や経緯は違えど、彼女も主を愛しているが故の苦悩なのだろうから、俺の悩みをおまえのそれと同じにするなと罵倒する必要はないだろう。

「あの」
 青い髪を揺らして、オカリナが首を傾げた。机に膝をついて、頬に手をついて、満面の笑みで問いかける。
「何だ」
「たまに、来て、愚痴ってもいいですか?」
「…は?」
 また来るつもりなのか、とクラーリィはうんざりした声を出すが、オカリナはそれにはお構いなしだ。そうだ、と手を叩く。
「こうしましょう!『愚痴を言いあう会』!すっきりできるし、友達も増えるしで一石二鳥ですよ!」
 友達ね、とクラーリィは呟いた。ここまでくると、とうとう俺にも魔族のお友達か、と感慨深いものがある。
「ワルキューレが、クラーリィさんは友達が少ないって言って…あ。ご、ごめんなさ…」
「…事実だから、別にいい」
 浅い友人ならいるが、利害関係がつきまとう。お偉い立場にいる人間は大変なのだ。それは多分、魔族の間にいたサイザーもよく知っているだろう。もっとも彼女には、そのような友人レベルですらいなかったのだろうが…
「え、じゃあいいんですか、来ても!」
「…好きにしろ。俺の機嫌がいいときは、付き合ってやるから」
 ふっと笑って表情を崩すと、オカリナもまたぱあっと表情を明るくした。
 まあ悪い気はしない。見ているだけでむかつくような相手ではないし。ここまで押し切られても、なぜか腹が立たないし。

 また来ますね!という言葉をおいて来たときと同じようにさっさと去っていったオカリナにため息をつき、立ち上がって彼女の消えた窓を見る。
 外はいい天気だった。俺も空が飛べたらなあなんて馬鹿なことを考えて、クラーリィはひとり肩を揺らすと椅子に戻った。「また」がいつになるかは分からないが、恐らくそう遠くはないだろう。多分サイザーのこと、ライエルと出かける度にオカリナに「出て行ってくれ」とか言うに違いない。オカリナが来る頻度でそっちまで分かるな、と出歯亀的なことまで考えて、今度こそクラーリィは腹を抱えて笑い出した。

 気付けば不思議と胸がすっきりしていた、そんなとある夕暮れ時の話。


***END



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