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 「五つの大きな希望」がこの国にやって来るから、迎えに行けと言われた。
 五人組らしい彼らは、魔族の迫るスフォルツェンドを勝利に導く鍵になるのだと女王は言った。必ずや彼らは力になってくれるでしょう、でもおそらくは厳重警戒の元王都には入れないはず、だから迎えに行って下さいと。

 クラーリィは馬車の中、鬱々と考える。名も聞いたことの無いような人間が五人集って、果たして本当にスフォルツェンドを救うことができるのか?素人に近い人間に、この戦争を動かすような力があるとでも言うのか?第一そんな連中を、どうしてこの俺が迎えに行かねばならんのか。こんな役目部下でも十分だ。この忙しい時に俺がやる必要は――
 …違う、本当はそこに腹が立っているのではなく、ホルン女王が待ち望むのが自分の活躍ではなく彼らの、名も知らぬ彼らの到着ただそれだけということだ。

 がらがら、馬車が不規則に揺れる。

 俺は、希望には含まれないんですねホルン様。
 俺は戦力になりませんか?俺は、あなたの待ち望む希望には入りませんか?
 俺は、あなたの待ち望む人間にはなれなかったんでしょうか?
 この十五年間、俺はあなたの元で頑張ってきたのに、あなたはそんな俺より、名も知らぬ五人組に希望を託すのですね。
 俺では力不足ですか?俺には無理ですか?
 俺は、俺には…

 いいさ、とクラーリィは鼻を鳴らした。悔しくて悔しくて、涙も出てこなかった。
 現状がご不満だと言うのなら、腕の一つや二つ吹っ飛ばしてでも目に物見せてくれる。この命と引き替えにしたっていい、俺の力で魔族を撃退してやる!あんな連中に頼らなくたっていい、俺一人でなんとかしてやる。叶わないなら死んだ方がマシだ……!!

 不愉快の塊・クラーリィを乗せた馬車は順調に王都外れへと近づいていた。まさかそこで待つ人間が大魔王の息子と敬愛する女王の娘などとはつゆ知らず。


***


 はっと目覚めると隣にホルンの気配があった。クラーリィは暗がりの中彼女の姿を目視しようと目を凝らす。彼女はクラーリィの横たわる病床の隣の小さな椅子にその身を納めていた。祈っているようだ。組む両手が微かに震えている。
 ホルン様、とクラーリィは小さく声を掛けた。
「クラーリィ…起きたのですね」
「…ええ」
「…怪我の具合は、どうですか。両手両足、骨が折れていたと聞き及びました」
 ドラムに咬まれたときは盛大な音がしたなと思い至る。その後も普通に立てていたのだが、いざ勝利に終わったと分かった途端激痛が走って立っていられなくなった。医師の診断結果は聞いていなかったので、ああやっぱり折れていたのかという感想になる。
「麻酔が効いていますから、痛くありませんよ」
「そう、ですか…」
 ホルンの表情は暗い。寝起きでぼんやりしているクラーリィは、ごく単純に「勝ったのだからもっと嬉しそうな顔をすればいいのに」と思う。

 ホルンは随分黙った後、クラーリィの顔は見ないままぽつりと呟いた。
「どうしてですか」
「…何がです?」
「なぜ、あの時自爆魔法を使おうとしたのですか」
 クラーリィは眉を顰める。下唇を咬み、ホルンに食って掛かる。
「ではあの時、俺はドラムに咬み殺されて無駄死にすれば良かったとお考えなのですか」
「違いますクラーリィ、私は――」
「他にどんな方法を取れと!」

 ぱちん、と乾いた音がした。
 一瞬のラグの後、頬を刺す痛みからそれが自分の頬を叩かれた音だとクラーリィは知る。叩いた本人・ホルンはいつの間にやら眼に涙を湛えていた。
「お願いだからもう少し考えて。あなたの命より大切なものはないのよ。失ったら取り戻せないの。お願い、お願いだから…もう私から大切なものを奪わないで。辛いの。耐えられないの…」
 ホルンの頬を一筋の涙がこぼれ落ちる。居たたまれなくなったクラーリィは目をそらした。他にできることなど思い浮かばなかった。
「フルートは…多分この国を出て行くと思います」
「は?」
「ハーメルと共に旅を続けたがるでしょう。そしてきっとあの子にしかできない役目を負っている。私は彼女を笑顔で送り出そうと思います」
 もう一度ホルンの方へ視線を向け、クラーリィは彼女の顔を見た。もう涙は止まっていたが、とても…悲しそうな顔をしていた。
「しかし…あなたの、」
 寿命は、という単語はクラーリィの喉から先には出なかった。ホルンが少しだけ笑ったからだ。暗がりの中でもはっきりと分かる、悲しそうだけれど花のような笑みだった。
「これまでも、これからも、私の手の内に残ってくれたのはあなたとコルだけね。だから私は、あなたたちを失わないために必死になろうと思います」
「…ホルン様」
「虫が良すぎるかしら?あなたたちからすると、フルートやリュートの替わりと感じても仕方ないかも知れないわね。でも私…これからはあなたにこう言うわ。『死なない程度に頑張って』」
「ええ…そうします」
 クラーリィは頷いた。悲しかったり、腹が立ったり、いろいろな気持ちが渦巻いて頭がすっきりしない。自分は間違っていないと思うのに、目の前のこの人を泣かせているなんて意味が分からない。
「死なないでね、クラーリィ…どうか死なないで。冷たくなったあなたに縋り付いて泣くなんて厭なの」

 ホルンは横たわるクラーリィの手を取った。固定されちっとも動かない彼の指はホルンの手を握り返すこともなかったし、温もりを提供することもなかったが、それでもいいと言わんばかりに彼女はずっとクラーリィの手を握っていた。
 ここで漸くクラーリィの心に罪悪感が刺した。途端に押し寄せる申し訳ないと思う気持ちと後悔の念とが、クラーリィの眼に涙を溜める。それに気付いたホルンが彼の涙を拭って、それから二人で少し黙ったまま泣いていた。
 ごめんなさい、とクラーリィは言った。ホルンは少ししてから、いいのよ、と返した。

 窓から弱い朝日が覗いている。そろそろ希望に満ちた朝が来る。


***END



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