邂逅



***その1


 視界の先に、あの懐かしい憧れの金色を見つけた気がしてシェルは視線を巡らせる。二三度首を振ると、確かに「彼」を視線に捉えた。人混みに紛れてどこかへ行こうとしているらしい、人影の隙間から金色の髪がさらさらと揺れている。

 待って、とシェルは駆けだした。

 人混みを押しのけ、見失わないよう懸命に追っている。小柄な体を利用して、人の隙間をくぐり抜ける。幸いあの長い髪が目印となって、見失うことはなさそうだ。彼は歩調を早めないようだし。
 そして、記憶と少しも違わない姿の彼との距離が、少しずつ縮まっていく。シェルの表情に少しずつ明るみが差していく。

 ついに追いついた。手を伸ばせば髪に十分に手が届く。横に並び、声を掛けようとして、はたと立ち止まった。
 自分は彼に呼びかけるべき名を一つも知らない。

 あの、と声を掛けようか。それとも裾を引っ張ろうか?唯一自分が知っている情報「魔法団員の人」を元に、「魔法使いさん」とでも呼びかけようか?
 シェルは遠慮がちに彼の隣に並び、あの、と声を掛けた。
 彼は反応を返さない。
 もう一度、あの、と声を掛けた。けれどもちっとも彼の耳には届いていないようで、相変わらず明後日の方を向いてどこかへ向かっている。

 三度目に呼びかけようとしたところで通行人にぶつかった。うわとか、ごめんなさいとか言っている内に彼は姿を消し、慌ててシェルが見回してももう影も形も見えなかった。



「どうしたの、シェル。朝からそんな顔をして」
 寝床から起き上がってこないシェルに心配したのか、母が覗きに来てくれた。シェルは何でもないと首を振る。
「何でもないんだよ、僕夢を見てたんだ」
 結局、また、気付いてもらえなかったけれど、とシェル。
 母は表情を崩して、今度こそ気付いてもらえると良いわねと笑った。シェルは素直に頷いた。

 待っていてくれるだろうか。いつか、今度こそ「ありがとう」と言えるのだろうか。
 正直顔すらぼんやりとしか思い出せないけれど、あの後ろ姿だけを頼りに今日もシェルは夢を見る。

 いつか、現実世界で彼に出会えるだろうか。



***その2


 己を呼ぶ声がしたので、クラーリィは振り返った。
 正確には自分の名を呼んでいるわけではなかった。自分のすぐ目の前、誰かを必死に探している少年が居る。髪は青、幼い瞳を不安に揺らめかせて、誰かを必死に探している。
 クラーリィは漠然と、彼の探し人が他ならぬ自分ではないかと考えている。

 腰を屈めて、どうしたのと問うた。反応はない。
 もう一度「どうしたの」と手を差し伸べたが、少年はちっとも気付かないらしい。おろおろと周囲を見渡すばかりで、目の前に立つクラーリィにはちっとも気付いていないようだ。
 自分は透明人間らしいと諦めをつけ、クラーリィはその少年の言動を見守るに徹することにした。

 誰か、と少年が呟く。
 あの人を知りませんか、と彼は言う。
 少年に見覚えはなかったし、こんな少年に探されるような身の上でもないが、クラーリィは彼の探し人が己であると「漠然とした確信」を持った。
 可哀相だ。当の本人が目の前にいるのだから、ここだよと手を差し伸べて彼の不安を取り除いてやりたいものだ。
 だが彼にクラーリィの姿は見えていないらしい。ということは、このままでは永遠にクラーリィが彼の前に姿を現すことはない。

 はて、とクラーリィは考え込んだ。どうしたものか。そもそも、己に何かできるのか。
 その間にも少年はずっと「誰か」を探していて、そのうち泣き出してしまった。
 綺麗な綺麗な、そして純粋な瞳が涙に濡れていて、クラーリィの心はえらく痛んだ。



「どうかなさいましたか」
 起き上がったはいいものの、ベッドを見つめて微動だにしないクラーリィに不審がり、パーカスが声を掛ける。
 パーカスが開けた窓から、朝方の新鮮な風が迷い込んでクラーリィの髪を揺らした。
「ああ、夢を見たんだよ、パーカス。もう内容をほとんど忘れてしまったんだが…」
 クラーリィはベッドを見つめるのを切り上げて、散乱していた書類を拾いに掛かった。パーカスがそれをそっと手伝う。
「誰かに探されていたんだよな、確か。…そう、それで、俺を捜している奴が…男だったか女だったか…あれ、年も思い出せない」
 えーと、と首を傾げて動作を止めているクラーリィに苦笑いして、パーカスが残りの書類を拾い上げた。大方昨日寝る前に「終わらない」とか何とか言ってぶちまけてしまったのだろう。
「まあいいや、で、そいつの目が綺麗だったんだ。…それしか覚えてないな」
 変な覚え方だ、とクラーリィは自分にコメントする。
「で、あなたはそのお方にきちんと名乗り出て差し上げたのですか?」
「いいや。…多分、できなかった、ような気がする」
 そいつが喜んでいた姿をみた記憶はない、とクラーリィは呟いた。
「俺、待っていてあげようかな」
「はて?」
「そいつが俺を見つけるのを、待っていてあげようかな」
 クラーリィは動作を再開し、パーカスから書類を受け取った。途端に仕事顔になる彼に、「それが宜しいでしょう」とパーカスは返す。
 含み笑いで返したクラーリィの後を追い、二人は部屋を出た。

 ひと気の無くなった部屋で、迷い込んだ風がはたはたとカーテンを揺らしている。


***END



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