血縁・7



***


 昔、幼馴染みとかくれんぼをしていたら、フルートがやってきてクラーリィの隠れている戸棚を開けて、ゲームそのものが台無しになった事がある。
 それまで隠れることに少々自信を持っていたクラーリィにはたいそうなダメージだった。足音が近づいてきた時の胸の高鳴り、そしてその後開けられ明るくなった視界に飛び込んできた幼いフルートの笑顔、忘れられるわけもない。
 しかもそれは二度三度と続いたので、一時期サックスたちはフルートのことを影でこっそり「クラーリィセンサー」とか呼んでいた。しかも、それを知った王子はなぜかツボに嵌ったらしく、随分引き摺って笑っていた。
 終いにはクラーリィを隠れさせて、王子も混じって「そら、クラーリィ探しておいで〜」なんてやっていたのだから全く。当時はそう声を荒げない大人しめの子供だったクラーリィだが、あの時ばかりは本気で幼馴染みに食って掛かったのを覚えている。確か「ボクと王女で遊ぶな!」とか言ったのだった。今考えると、自分と彼女がセットで扱われていることに少々嬉しくもあり恥ずかしくもあり、子供ながらに複雑な思いだったというのもあるだろう。現状への芽が既に出ていたということだろうか。
 そして幼馴染みたちには今だったら問答無用で火の玉を振らせているだろう。昔の方が大人っぽかったかもなんてクラーリィは考える。
 今のこの体勢は、そういう微笑ましい過去を思い出させる。
 戸棚の中に身を隠したのなんて何年ぶりだろう、多分十年は軽く超えている。随分と伸びてしまった背を小さく縮めて、クラーリィはじっとフルートの部屋の衣装戸棚に身を隠して息を潜めている。

 フルートは帰ってきたら部屋の鍵を閉める。もう誰も入ってこない、安全だということをアピールしてとにかく彼の注意を逸らす。こっそり薬を盛って、リュートの注意力が特別散漫になったところでクラーリィが後ろから魔法を掛ける。
 手順はたったそれだけだ。原始的な方法だが、下手に小細工をするよりは良いだろう。なんと言ったって相手はリュートその人。クラーリィやフルートが少し頭を捻った方法くらいでは、簡単に見破られてしまうに違いない。


***


 リュートの寝顔を前に二人は顔を見合わせた。
 上手くいったはずだ。少なくとも魔法は綺麗に掛かった。リュートはこれまでのいきさつを局所的に綺麗さっぱり忘れたはずだ。正確には、もう二度と思い出せなくなっているはず。ついでにフルートの盛った薬も効いてきたようでリュートはぐっすり夢の中、ぴくりとも動かない。
「…クラーリィ、そんな変な顔しなくても、私お兄ちゃん殺したりしないから」
「いや、別に薬の中身を疑っている訳じゃ。…でも、なんというか、…ごめん、なさい」
 兄さん、と心の中で付け足した。もうこう呼ぶ機会に恵まれることはないだろうけれど、この気持ちだけは持ち続けようと思う。彼のような素晴らしいひとを兄と慕える自分の幸福さを覚えておこう。

 日頃の疲れからか、リュートはどっぷりと眠りの世界に浸かってしまったらしい。その寝顔がやや幸せそうなのがクラーリィの何よりの救いだった。リュートの肩に毛布を掛け、クラーリィはフルートの方へ向き直る。
「さて。行くか?」
「うん」
 二人はもう一度顔を見合わせると、そっと部屋を抜け出した。



「一応尋ねておくが、本当に安全なんだよな?アレ」
 やはり心配になったのかクラーリィが心配そうにフルートの手元を覗き込んだ。失礼ね、とフルートは言う。
「一回飲まされた私が大丈夫だって言ってるんだから、お兄ちゃんも大丈夫なの!お兄ちゃん私より頑丈だもん」
「飲まされた、って誰に!?」
 途端に顔色の変わるクラーリィを見て笑う。フルートは少し申し訳ないと思いつつ、クラーリィに「怒っちゃダメだよ」と言った。彼はその心配そうな顔を更に複雑にして、「怒らない」と頷く。
「本当に怒っちゃダメよ。コルネット」
「コッ…何だって?」
「図書館で似たような薬の作り方を見つけたから、やってみたいなって思って実際に作っちゃったんだって。それで、次にしたくなるのはやっぱり実験じゃない?」
 クラーリィが絶句しているのをよそに、フルートはもう一度怒っちゃダメよ、と言った。
「あの子にはもう私がお灸を据えたから、だからクラーリィは何も言わないで。コルネットと約束したの、もう二度とこんなことしない代わりに、クラーリィには言わないって」
 フルートは隣のクラーリィの顔を窺った。釈然としない顔をしているものの、そ、そうか、と無理に自分を納得させようとしている。

 本当はクラーリィをコルから奪おうとしているフルートがねたましくて悔しくてやったそうだが、流石にそれは伝えられない。そうなればどうなるかは目に見えている。ただでさえ悪いこの状況を改善不能なところまで引き下げてくれること請け合いだ。
 あの時、今、そしてこれからのフルートにできる事なんて、コルネットの側に居てあげてとたまにクラーリィに言うことくらい。

「私がちゃんと言っておいたから。クラーリィにまで怒られると立ち直れなくなっちゃう、コルネット」
「あ、ああ…そうだな…うん」
「許してあげてね。年が離れているんだもの、理解できないことをしでかすのだって普通だと思うな」
 クラーリィは再び何とも言えない顔をした後、フルートの顔を窺って、それから情けない顔をして笑った。何とか事実は飲み込んだと理解したフルートは笑い返した。途端顔を赤くするクラーリィを茶化し、二人は少々早めに目的地へと向かう。

 薬を盛られたのにも関わらず一方的に「許してあげて」と繰り返すフルートに彼は惚れ直したのだが、それをフルートが知る由はない。



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