血縁・8



***


 明々とした夕日が沈む丘の上、見晴らしの良いこの場所に王家専用の墓所がある。
 十五年前の日付の刻まれた墓石の前に二人が立っている。花が添えられ、そしてなぜか灰燼も一緒に添えられていた。水を撒き終え、クラーリィとフルートは顔を見合わせる。何とか日没前に間に合ったようだ。
「結局今日になっちゃったね」
「まあ、急に仕事が入ったり、忙しかったからな」
 今日だって急に、と愚痴りそうになってクラーリィははっと表情を変える。居住まいを正し、墓石の前に立ち、二人は顔を見合わせると黙祷を捧げる。

 風が、ゆっくりと灰燼の表面をさらっていく。

「…『父上』、かな」
「複雑?」
「うん」
 クラーリィは頷いた。じっと墓石を見つめて、覚えのない父の名を目で追った。
「怒ってるかな」
 クラーリィは視線を落としたまま呟く。フルートがそんなクラーリィの表情を窺って、呟き返す。
「何について?」
「…俺、について」
 一度も父と認識することなく冥府へおちてしまった血縁上の父、彼が今の自分を見たらどう思うだろう。怒るだろうか。それとも、興味を示してさえくれないのか。クラーリィにとったら真剣な悩みだったが、そんな真剣そうなクラーリィの顔を見ていたフルートが急に笑い出した。何事かとクラーリィは目を見張る。
「ねえ、もう燃やしちゃったけど、覚えてる?お父さん、…私がお腹の中にいることが分かるまで、あなたの所に通ってたじゃない。それから先も日記には書いてなかったけど、通ってたのかも。書くスペースが足りなかったのね」
 言いたいこと分かる?とフルートは首を傾げた。クラーリィは少し視線を彷徨わせてから、素直にいいやと首を振る。
「お父さんは、ちゃんとあなたのこと『俺の子だ』って認識してたってことでしょう。それもわざわざ《確かな嘘っぱちの身分》まで付けて部下に預けて」
 クラーリィは少し口を開けて、何度かフルートの言葉を復唱しているようだった。フルートはその隣でじっと、自分の言葉が隣の男に浸透するのを待つ。

 さらさらと少しずつ削れていく灰燼が空に舞い、フルートの視界の先で土に還っていく。
 フルートはクラーリィを見た。クラーリィは少し残念そうな顔して墓石に向かって笑いかけ、それからフルートの方へ向き直る。
「ところでお姫様、そういうおまえは?」
「何?」
 振られると思っていなかったフルートは素っ頓狂な声を上げる。そしてすぐに、口元に手を持って行く。クラーリィはそんなフルートの粗相には触れず、また複雑そうな顔をして問いかけた。
「怒ってないのか?」
「誰を?…お父さん?」
 ああ、とクラーリィは頷いた。俺だったら怒るかなと思って、と彼は付け加える。
「そりゃ最初は少し腹が立ったけど…でも、過去の過ちのお陰で今のあなたが居るんでしょ」
 私たちが今居るのは、お父さんのお陰でしょ、とフルートは言い直した。全くだ、とクラーリィが静かに頷いた。



 日記帳だったそれの最後のひとかけらが風に攫われ世界へと還っていった。二人は顔を見合わせて、どちらからともなく表情をほころばせる。ごく自然に手を取って、人気のない墓地を後にする。
 残念ながら人気が戻ってくる頃には二人の手は離れていたが、いつもの通りまたほんの少しだけ、フルートの期待通りに二人の仲は進展した。結果オーライ、とフルートは胸の内で呟いて歩調を早める。

 光り輝く王宮が視界に入る。背後でクラーリィの慌てる気配がする。
 またいつもの生活が始まる、とフルートはひとり息巻いた。いつもの通り、隣に、すぐそばに彼のいる生活が。


***END



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