おにぎり30・1



 ***


 至急調べることができた。この忙しい時期に実に面倒だ。しかも対象がやや厄介な代物で、その辺にいる手透きな者に「やってこい」と言いつけることもできそうになかった。長ったらしい説明を付け加えればできなくもないだろうが、どう考えてもクラーリィ自ら行った方が手数が少なく済みそうだ。
 仕方ない、とクラーリィはため息をつく。クラーリィ本人が現地まで出向く必要がありそうだった。
「おい、サックス」
「ひえぇ来たあ!」
 この流れを見守っていただけに、サックスは次に何を言われるのかしっかり理解していたのだろう。やだ、俺やらない、なんて言われる前からお断りしている。
「サックスおまえ」
「やだもん俺行かないもん!」
「おまえに行けだなんて言う気は俺にはないぞ?」
「……えっ、あっ、そうなの?」
 なんだ良かった、とサックスは呟く。安心したのか次いで「その他の頼まれ事なら頼まれて差し上げますよ!」と口を滑らせた。
 言ってしまった。なので、クラーリィの勝ち。
「おおそりゃ良かった。俺が出向いてくるから、おまえはしばらく偽クラーリィとして頑張るように」
「……えっ? げっ、げえっ、もっと大変だ! もっと嫌だ!!」
 サックスは「だったら俺が行く」とか喚いているが、そもそも彼に拒否権はない。この無礼な物言いを許しているだけクラーリィは心が広いのだ。
「頑張れよ」
 ぽん、と両肩に手を置く。サックスの動きがぴたりと止まる。
 そろりと振り返ったサックスは半泣きの顔で「分かりました」と呟いた。

「俺ね、本当に嫌なの。似てないってパーカスにすっごく怒られるからおまえの物真似したくないの」
「『クラーリィ』がいないと困るんでな。だいたいのことは知ってるだろ? 判子の位置も分かるだろ? よっ、俺の右腕、頑張れよ!」
 クラーリィ本人でないと裁けない物事も多々あるが、クラーリィがいつでもいるとは限らない。だが、不在も困る。なので、こういう「どうしてもの時」に限り、しばしばサックスに影武者をやってもらっている。
 魔法で容姿を上書きして、偉そうな顔をして椅子に座っているだけ。基本は「ああ」とか「分かった」とか言っておけばいいのだから楽な仕事だ。ただし、あまり長い文章を喋るとサックスの癖が出てくるので宜しくない。その上黙っていてもパーカスにだけは速攻見破られてしまうので、残されたサックスは「クラーリィはこんな座り方をしない!」とか散々に怒られているらしい。クラーリィ本人はパーカスの苦言をほぼ聞き流すので、きっちり受け止めてしょんぼりする「クラーリィ」相手にパーカスも日頃の恨みを晴らしたいのだろう。サックスには悪いがそれも仕事の内と思ってくれ、なんてクラーリィは他人事のように考えている。
 乗り気でないサックスを大神官椅子に座らせて、ぱんと一拍。お手軽に二人目のクラーリィの出来上がりだ。
「いつ見てもかっこいい、俺」
「黙れ! とっとと行け、さっさと行け、そんでもって一刻も早く俺を助けに戻って来るんだよ!」
 クラーリィを小突こうとしたサックスの拳をひらりと避ける。期待からは外れ、サックスはあまり悔しがってくれなかった。
「ほんとに分からないことがあったら必殺後回しな。大丈夫、たぶんそんなにかからず戻ってくるよ。緊急事態が発生したときは無理をせず俺に連絡を取るように」
「へーい。じゃなかった、はい、大神官様」


 じゃっ、と気軽に手を挙げるとクラーリィはそのあげた手でくるりと一周円をかき、空中に青白く浮かんだ魔法陣の中に吸い込まれていった。
 行ってらっしゃい、とサックスは独り言。今日のスケジュールを見るに、あと少ししたらパーカスが顔を出しに来るだろう。そんでもってまた一発で見破られて、今日はどういう理由で置いて行かれたんだなんて問い詰められて、その後またくどくどとこうしろああしろと文句を言われなければならないのだ。
 ため息をついて顔を上げる。この部屋は面積的には広いはずだが、左右の壁を本棚に占領されていてあまり広さを感じない。一度くらいは目を通したのかもしれないが、その後活用しているかどうかはかなり怪しい書籍の数々。まあ、この本棚はいわゆる「魔法の本棚」なので、実際は本を並べるだけが用途ではない。クラーリィがそれを今活用しているかどうかは知らないけれど。
 サックスは立ち上がる。幸いにしてクラーリィが押し付けていった仕事は然程多くなかった。気持ちを落ち着けるために深呼吸する暇はありそうだ。ぐるりと机の周りを一周して、本棚の前。並んでいる無機質な本の背表紙を眺めて、うち一冊を手に取ってみる。
 一向に頭に入らない文字列を追いながら、サックスはため息をつく。随分辺境の方へ行くと聞いた。昨今魔族の勢いはその鋭さを増している。クラーリィ一人で出掛けるのが一番早くて楽だということは分かるが、そろそろこの考えは甘いものになるだろう。
「怪我とかしなきゃいーけど……」


 ***


 着地に失敗した。
 何かがあったらしい。人のいない一帯だからと安心していたのがまずかった。岩とかならまだしも、なんだか生物っぽい感触だった。鹿などの小動物だったら今の衝撃で死んでしまったかもしれない。
 だが、瓦礫の中から起きあがるクラーリィの耳に「いてぇ」という声が聞こえた。どうやら、着地のクッションにしてしまったのは人間だったようだ。そして、まだ生きているらしい。良かった。
「お、おうい、踏んづけたりして済まなかった。大丈夫か……」
 クラーリィは立ち上がってこの近辺を見回す。この辺り一帯は既に魔族によって滅ぼされてしまっていて、人は住んでいないはずだ。とすると、浮浪者か、あるいは生き残って戻ってきたかつてこの町に住んでいた人間か。足下は瓦礫だらけで、見通しも悪い。崩れた教会や家々がその悲惨さを物語っている。
 どちらにせよ悪いことをした。調査の前にまず謝って、もしどこか痛めているようなら治療をした方がよいだろう。この辺りに病院やそれに類似したものはほぼないし、ふらふら探し回っても徒労に終わる可能性が高い。よって、クラーリィが魔法で病院まで連れていくくらいの事後処理は必要だと思われる。
「こっちか? 聞こえているなら返事を」
 してくれ、と言おうとしたクラーリィの足がぴたりと止まった。

 魔の気配。強い。そして、禍々しい。

 瞬時に右手を後ろに回し、クラーリィは黙って型を作成し始めた。出てきたらすぐに撃ち殺せるように。人の言葉を話していたが、人間ではなく魔族の残党だったようだ。人語を解すということは即ち高等な魔族なのだろう、気を抜くことは危険だと思われる。
 頃合いを見計らうように、じりりとクラーリィは気配の方へと近づく。
 しかし、瓦礫の隙間からひょっこりとその気配の主が姿を現した。ところどころ魔族っぽさを残した姿ではあるが、子供だった。


 ***


 いきなり頭上にでっかい何かが降ってきて、思いっきり踏み潰された挙げ句衝撃で瓦礫の中へと放り投げられた。
 この小さくなった体では、瓦礫一つもろくに持ち上げることができない。幸いにして、しばらく格闘した結果瓦礫からの脱出が叶った。脱出した己の目の前に立つのは金色の髪を持つ男。どうやらこいつが犯人らしい、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめん」と彼は言う。
 何すんだテメェと殴り掛かろうと思ったが、やめた。なんだかいい「魔力の」匂いがする。相手はただの人間のようだったが、ちょっとは腹の足しになるだろうと思う。
 いきなり襲い掛かって逃げられてしまっては折角の好機が無駄になる。ここは子供のふりをして寝首をかいた方がいい。向こうには落ち度がある、きっと騙されてくれるだろう。力任せに殺そうとすれば、それだけでまたどこかのパーツに寿命がくる可能性がある。なるべく体力を温存した状態で仕留めるべきだ。

 努めて子供の振りをして、ヴォーカルは「イテェよ」とだけ言った。痛そうな演技をすることを忘れない。
 金髪の男は、ごめんな、と頭を撫でてきた。


 ***


 出会い頭に殺す気だったが、姿を見た途端その気が失せてしまい、右手に用意しておいた魔法も消してしまった。
 姿は子供だ。服もボロボロ。
 クラーリィは小さな魔族をその辺の平らな石に座らせると、一通り外傷がないか確認してみた。幸いにして、どこかに酷い打撲があるとか出血があるとかいうことはなさそうだ。
「怪我はなさそうだな」と言うと、「そんなヤワじゃねーよ」と返ってきた。
「ところで」
「なんだよ」
「おまえ、魔族だな? 変な耳あるし。角あるし。……って、耳……じゃないのか、これ。変な場所に生えてる羽根か」
 彼の頭から生えてる紫色の小さな羽根を引っ張ったら、髪の毛に隠れていたちいさな耳が見えた。飾りか本物の羽根かは知らないが変なデザインだ。
 どうも可動式のようなので、物珍しさから左右上下に引っ張ってみたら思いっきり叩かれた。けれど、全然痛くなかった。
「カワイーだろうがオラ気安く触るんじゃねえ蹴るぞ!」
「もう叩いただろう? それに、蹴られても痛くなさそう」
 魔族の斜め正面に腰掛け、クラーリィは「ん」と殴ってくださいと言わんばかりに手を差し出す。相当むかついたのか、立ち上がるなり魔族は言われるがまま思い切り勢いをつけてクラーリィの腕を蹴ってきた。
 先ほどよりは痛かった。けれど、せいぜい打撲痕が残るくらいだろう。致命傷にはなり得ない。そして、平気そうなクラーリィの顔を見てショックを受けている魔族の顔が、なにより今のが全力であったことを物語っている。
「……」
「ほら。な」
 ひらひら蹴られた腕を振ってみせると、いよいよ落ち込んだのか魔族はぺたりとその場に座り込んでしまった。
 ああやっぱり、なんてクラーリィは独りごちる。
「べたべた触っておまえの自尊心を傷つけたことは謝るよ、魔族くん。悪かったな、珍しかったもんで」
 二回も暴力を振るったしおあいこだろ? とクラーリィは言う。魔族は返事をしなかった。
 よほど頭でも撫でて慰める素振りをして、この魔族の自尊心を更に傷つけてやろうかとも思ったが、流石にそこまで意地悪にはなれなかった。なあ、とクラーリィは話しかける。
 魔族は顔をあげてこちらを見てきた。
「唐突だが、俺の仕事は魔族を殺すことなんだ。だから俺はおまえを殺さなきゃいけない」
 努めて冷静に、努めて無表情で。クラーリィは淡々と事実だけを語った。事実だ。実際クラーリィは出会い頭にこいつを殺そうと本気で思っていたし、あの瞬間にそれを中止したのは単なる気まぐれが一番の理由。本当は、たとえ人語を解そうが子供の姿をしていようが、その場ですぐに殺すべきだった。
 もっと楽しい話題を期待していただろう魔族は、一瞬呆けた顔をした後眉をひそめた。腹が立ったらしい。まあ、当然のことだと思う。
「ああっ!?」とか「なんだと!?」とかいう品のない茶々が入るかと思いきや、小さな魔族の口からそれが飛び出ることはなかった。ただ無言のその内に読み取れるものは、怒りとか、憎しみとか、実に魔族らしい感情。小さくて幼い外見なのに、クラーリィに戦慄を覚えさせるだけの奥深い感情を彼は持っている。
 また一つ、クラーリィが確信を深める。
「だが俺は……疲れている、今非常にだ。あとおまえをクッションに着地しちまった負い目もある。だからこの先悪さをしないと誓うなら見逃してやってもいい」
 相手が返事をしないのをいいことに、クラーリィは一人話を進め続ける。魔族は相変わらず黙ったままだ。ぎりりと歯を食いしばり、クラーリィを睨み付けている。十中八九クラーリィの喉元を食い千切る隙を狙っているに違いない。
 この二人の間に漂う空気が、一瞬ごとに張りつめていく。
「おまえ、今は子供の姿をしているが、元はもっと強そうな魔族だ。だろう? 魔力が空っぽだ。器はでかいのに中身が入ってない。元の体を維持できないくらい魔力を消耗しちまってる。
 つまり、ほっとけば寿命が来て死ぬ。俺が手を下すまでもない」
 魔族が瞬時に目を見開いたのを見て、クラーリィは己の予想が当たったことを知った。
 本当は人間の腕くらい殴れば吹っ飛ぶくらいの力を持っていたに違いない。その威力に恐怖する人間を彼はきっと何度も何度も見てきたのだろう。姿を確認する前に感じた気配はそのくらい強いものだった。なのに姿はこんな子供、おまけによくよく眺めるに大きいのは器だけ。
 彼には力が残っていない。
「魔族って、他人の魔力を吸い取って生き存えることができるんだそうだな?」
「……おおよ」
 ずいぶんと低い声で魔族がようやく返事をしてきた。先ほどまでの子供っぽい声とは違う。どうやら猫を被るのをやめたようだ。
 クラーリィの視界の隅に、彼が左手で微かに間合いを計っているのが入り込んだ。どうせ寄越せと襲いかかるかどうか、襲いかかった際に受けるダメージはどれくらいなのか、リスクとリターンの割合はどうなのか、いろいろ計算しているのだろう。
 無駄だ。以前の彼ならば叶ったかもしれないが、極限まで力を失ってしまった彼にクラーリィを殺すことはできない。
 クラーリィは黙って中空に円を描く。小さめのそれは青白い光となってちょうど二人の間の空間に静止した。
 間合いを計っていた魔族の左手がぴたりと止まる。どうやらこの魔方陣の意味、威力を彼は理解しているようだ。ならば尚のことこの現実が辛くてたまらないだろう。魔力を失っていなければクラーリィなんてきっと楽に殺せただろうと思う。まあ、そのような場合にはそもそもクラーリィに興味を持ったりしないのだろうけれど。
「諦めな、さっきの全然痛くなかった。昔のおまえはどうだか知らないが、今のおまえに俺は殺せないよ。こう見えても強いんでね」
「俺に……俺に情けを掛ける気かよ」
「違うよ。俺の魔力はあげられないけど、ただの飯ならあげられるよ」
「はっ?」
「腹減ってるんだろ。やるよ」
 訝しげに黙ってしまった魔族を余所に、クラーリィはがさがさと鞄を漁ってお手製のおにぎりを取り出した。本日のクラーリィの昼ご飯。中身は……何を入れたか忘れた。少なくとも毒が入ってるわけじゃない、何の変哲もないただのおにぎり。
 先ほど浮かばせた魔方陣は一応安全のためそのままにしてあるが、若干頭上へと動かした。これで効果がだいぶ薄まったはずだ。魔族もクラーリィに手を伸ばせる、つまりおにぎりが受け取れるようになると思う。
 はい、と差し出す。魔族は首を傾げている。
「おにぎりだよ。食い物。見たことないのか?」
 魔族は一度首を横に振った。この物体がおにぎりで、食べ物であるということはきちんと認識しているらしい。ただ、クラーリィがなぜそれを自身に差し出しているのかが分からないようだ。
「だからやるよ。腹鳴ってるぞ」
 実にタイミングよく「ぐうう」と魔族の腹が鳴った。その音に弾かれたように魔族はクラーリィからおにぎりを奪い取る。
 感心するような貪り食いに気をよくしたクラーリィは、黙々とお茶まで用意してやった。


 遠慮のかけらもない魔族は、クラーリィの昼ご飯を一つ残らず平らげてしまう心算らしい。何も言わずに最後の一つに手を掛けたところで、クラーリィはため息混じりに「おまえ」と声を掛けた。
 口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、魔族は「あん?」とくぐもった返答を寄越してくる。
「魔族には、魔力を奪う以外に生き存える方法はないのか?」
「……ん?? ねえんじゃねーのかなー聞いたことねえなー例外は大魔王だけどよ……まるで生かされてるみたいでむかつくぜ」
 空腹が満たされて心が広くなったのか、先ほどまでとは一変して魔族は律儀に返答してくれるようになった。まだ魔方陣は浮かべたままだけれども、流石にクラーリィを殺すことは諦めてくれたのかもしれない。
 間合いを計っているときも微かに腹の鳴る音が聞こえていたのだからお笑い草だ。だがこの辺一帯は既に焼け野原になってしまっていることだし、この地から移動できなかったのであれば彼もしばらくは食事らしい食事にありつけていなかったのかもしれない。さぞやクラーリィがおいしく見えたことだろう。
「大魔王かあ。確かにそれがあったな。けどそれ、魔族限定だろう?」
「は?」
「人間には効かないよな」
 クラーリィは瓦礫の上に座って、体育座りのようなポーズで悩んでいる。そんなクラーリィの顔を眺めつつ、魔族が一生懸命におにぎりを頬張っている。行儀の悪い食べ方だけれど、一粒も欠かさず食べているこの姿を見たら作った人はきっと喜ぶと思う。いい食べっぷりだ。余程腹が減っていたのだろう、見ているこちらの気分が良くなるほどに美味しそうに食べている。
「はあ? 人間はそもそも『寿命』があんだろ。魔力とか関係ねーじゃねーか」
「人間……と大別される種族の中にも残存魔力が余命に直結してる人たちがいるんだよ。そういう人たちを生き存えさせるには、やっぱり聖杯しかないのかな」
「はー? よくわかんねえな……そうなんじゃねーの。そいつらも他人から魔力奪えば元気になるんじゃねーのー?」
 奪う、という表現がクラーリィの胸に突き刺さる。そうだ、確かにその表現は正しい。誰かから、本来はその人のものであるべき力を奪う。……それはしてはいけないことだ。たとえ何があっても、どんな目的があっても、人間であるのならば。仮にしたとしても、喜ぶ「人間」はいない。
「それはできないよ。人間はそういうことをしないんだ。食べるものはご飯と決まっているからな。
 それ、うまいだろう?」
 クラーリィが顔を上げ、最後の一口になったおにぎりを指さす。それは指摘した直後に魔族の口の中に消えていった。結局クラーリィは一口も食べられなかった。
「悪かねえ」と魔族は言う。名残惜しそうに指を舐めているあたり、彼の腹にはまだ入るのかもしれない。少なくとも満腹そうな顔はしていない。
「もっといるか?」とクラーリィは尋ねる。念のため鞄をごそごそやってみたが、おやつの類も一つも入っていなかった。クラーリィの今の手持ちに食料はゼロ。
 またもタイミング良く、彼のお腹が「ぐぅ」と鳴る。
「いる。腹減った」
「おまえに五分待てる誠実さがあるのなら、持ってきてやろう。待てるか?」
 魔族はクラーリィの顔をじっと見ていた。もしかすると兵を多く引き連れて戻ってくるのではないかと考えているのかもしれない。
 ゆっくりと立ち上がった。魔族は動かない。クラーリィはそんな彼を少しだけ眺め、ゆっくりと「俺はさ」と切り出した。軽く叩いて服についた砂埃を払う。
「人間だし、一応聖職者なもんで、約束は破らないし、おまえを裏切ったりもしないよ。魔族と同じ物差しで測らないでくれよな」
 返事はなかった。けれど、彼の表情から拒否は伺えない。何より、小さな魔族はここから一歩も動こうとしない。
 クラーリィはこれを「分かった」の合図だと思った。
「待ってろよ。戻ってくるから。約束。しろよ」
 指切り、と差し出した小指をぺしりと叩かれる。全くもって小憎たらしい顔で、魔族は「いいから早く持ってこいよ」と言った。


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