あめ玉



***


「なあクラーリィ」
「何だ?」
「…何、それ」
 サックスが指差す先に、クラーリィの手のひらに載った丸い物体。丁寧にラッピングされているそれの中身は皆目見当も付かない。
「貰ったの?」
 見せびらかしに来たの、とサックスは呟いた。クラーリィは首を振る。
「やるよ」
「な、何で?」
「やるって」
 クラーリィはずいと腕を差し出した。サックスが受け取ろうとしないので一歩前へ出る。
「だ、だから何でよ」
 サックスは一歩後ずさる。得体の知れないプレゼントほど恐ろしいものはない。
「可愛くねえ野郎だなあ」
「どうしてくれるのかくらい教えてくれてもいいと思うのよね、ほら女官に貰ったけどいらないからおまえにやるよとか、そういうのの処分先になら喜んでなってあげるから」
 サックスの脳内に、この物体がクラーリィからのもの、という選択肢はない。こいつはこんな丁寧に包装してものをくれるような奴じゃない。ステータス恋人に昇格した後も、一度だってそんな可愛らしいものを貰ったことはない。プレゼント本体丸裸なら何度か経験があるけれども。
 クラーリィは少し考えた後手の上におさまる可愛らしい包装体を眺めて、それから残念そうに口を開いた。
「コルに…」
 嫌な予感がする。
「コルに、サックスにこれをやれば今日一日大人しくしていると言われたので」
「じゃあそれ」
 毒物か何かなのね、と思ったけれどサックスは何も言わなかった。そんなこと口にしてしまった日には、コルを根っからの善と信じ切っているクラーリィと全面戦争になってしまう。
 サックスは諦め半分、クラーリィの手の上にある物体を受け取った。見た目通り少し軽めで、振るとからから音がした。

「なあ、それ何が入ってるんだよ」
 早々に立ち去ろうとしたサックスをクラーリィが引き留める。サックスはぎくっと肩を揺らし、そろそろと振り返った。
「ええ!?…いや、その…」
 中に釘だらけのサックス人形とか、あからさまな毒物とか、開けてビックリ変なモンスターが出てくるとか、そういう可能性が無きしにも非ず。この場で開けてモンスターが出てきたら退治が楽になりそうだけれども、その後のクラーリィの反応が気がかりなのであまりやりたくない。
「開けないのか」
「ひ…ひとから貰ったプレゼントを他人に公開するのはルール違反だと思うの」
 クラーリィは不愉快そうにまゆを顰めて、それから「そうだけど」と口を尖らせる。
「なんでおまえだけなんだよ」
「え?いやそりゃ…その…あ、ほらおまえには、プレゼントやる必要がなかったんじゃない?もう十分仲良いし、ね」
 それにほら、俺を一日大人しくさせるって目的があったんでしょ、とサックスは付け加える。おまえを大人しくさせる目的はなかっただけなんでしょ、とも。しかしクラーリィはその不愉快そうな顔を止めなかった。
「気に食わねえ、てめえのこと消し炭にしてやりたい」
「クラーリィったらコルちゃんが関わるとすぐ消し炭消し炭って」
 やだやだ、と手を振って更に一歩下がる。逃げるつもりか、とクラーリィが身構えたがサックスにその気は無かったらしく、仕方ねえな、と包装に手を掛ける。
 もうどうなっても知るものか。

 包みの中は、何の変哲もないあめ玉だった。

「…あれ?」
 予想を大いに外れたサックスは手のひらに転がった丸い物体を眺める。まだあめ玉表面に毒物が塗られている可能性が捨てきれないが、それを心配する前にクラーリィが手にとって口に放り込んでしまった。
 ぶくぶく泡を吐くかと思えばそんなことはなく、クラーリィはしばらく口の中であめ玉を転がしてから「あめか」というごく普通の感想を漏らす。
「あめ玉…だね。ただの」
 なんでだろう、と首を傾げる。嫌がらせでもないのにサックスにあげてクラーリィにあげない理由がちっとも思いつかない。
 差出人本人のいないこの場で何かしら結論がでるかといえばそんなことはなく、サックスのフォロー虚しくしょげてしまったクラーリィは一人寂しそうに自室へ帰っていった。
「何でだろうね、不思議だね」
 随分小さくなったクラーリィの背を視界の隅っこに、サックスは残ったあめ玉を見つめる。橙や黒の包装紙で包まれたまるっこいあめ玉は、手のひらでくるくる回った。



「あ、ハロウィンか!!」
 サックスは自分の部屋に戻って来るなりカレンダーを指差した。橙色の蛍光ペンでまるく強調された今日の日付の下に、控えめに「ハロウィン(らしい)」という書き込みがある。書き込んだのは字面からいっても確実に自分だが、何せ書き込んだのが遠い昔のようですっかり忘れていた。
「あ、それであめ玉…それで『大人しく』…了解了解」
 何となく彼女の意図が掴めたサックスは、帰ってきたばかりなのにもう一度外出着を着込んで部屋を出た。今度は財布をポッケに突っ込んでいく。その前にポッケに先程貰ったあめ玉を突っ込んでいたことに気付いたが、この外気の寒さじゃそう溶けないだろうと踏んで戻るのは諦めた。

 途中雑貨屋に寄り道して、適当なお菓子をいくつか買って目的地へ向かう。
 向かった先は学生宿舎。受付に顔を出してコル・ネッドちゃんはおりますか、と尋ねたところ二言返事で回答が貰えた。しばらく待っていると、むすっとした顔のコルがやって来た。頭にはカボチャのお面。どうやらパーティの途中だったようだ。
「何でサックスさんなんですの」
 お兄サマが良かったです、という素直な感想。まさかクラーリィが自室でしょげかえっているとも知らず、かわいそうに。
「そんな顔するなって。トリックオアトリート?なんて定型文は抜きにして、サックスお兄ちゃんからお菓子をあげよう」
 はい、と先程買ってきた菓子類を差し出す。ラッピングなし、ビニール袋入りという味気ないものだか、コル一人には少々多すぎる量だ。みんなで食べてね、というサックスの無言のメッセージ入り。
「あのさ、コルちゃん」
「なんですの?」
 早速ビニール袋の中のお菓子を物色し始めたコルははっと顔を上げる。こういうところは年齢相応で可愛いのに、これで毒を盛ったりする邪悪さがなければな、とサックスは何度思ったことか。
「クラーリィに、一回でも良いからハロウィンのこと話したことある?あいつ多分この行事知らないよ」
 え、とコルが固まる。残念だねえ、というサックスの追い打ち。
「ほら外国の行事でさ、最近なんだよこの国に入ってきたの。だからその、俺たちくらいの年代にはあまり馴染みがないのよね。俺も女官の噂話で知ったってくらいで、あいつファンシーショップに行くようなキャラじゃないし、コルちゃんとかが教えてあげないとそういう情報入ってこないでしょ」
「お…お兄サマ知らないんですの…?」
 しまった、というコルの顔。彼女の周辺では既に常識のこういったことを、知らないという発想がそもそもなかったのだろう。
「そうよ、だから君のお兄ちゃんはサックスにだけプレゼントで俺は貰えなかったって、しょげかえっちゃってもう」
「た、大変…!!」
 駆けていこうとしたコルだったが、すぐに立ち止まった。頭のお面に気がついて、あわあわと宿舎と王宮のほうへ視線を交互にやっている。
「今パーティやってるんだろ?取りあえずクラーリィに俺から言っとくからさ、楽しんでおいで。パーティ終わったらいくらでもクラーリィに弁解すればいいじゃない。あいつ喜ぶよ」
 不本意そうにコルは「そうします」と頷いた。ぷう、と頬を膨らませる。
「な、今日の夜予定開けとけって言っといてやるからさ、コルちゃん」
 じいっと眉を寄せたままサックスを眺めて、お願いしますとコルは頭を下げた。その拍子にお面がずり落ちそうになって慌てて抑える。頭を上げるなりすぐに、行ってらっしゃいというサックスの声を背景に戻って行ってしまった。

「あの不満そうな顔…ま、仕方ないか」
 サックスは踵を返して道を戻り始めた。サックスとクラーリィを切り離そうと一石投じたのに、結局サックスがクラーリィのところへ顔を出す理由を一つ増やしてしまったのだから仕方ない。
「少し行く頻度減らすか…」
 ここのところ、ようやく思いが形になったという喜びからか、休みがあるたびにお互いの部屋に押しかけて昼間から酒盛りなんてことをやっていたので、相対的にコルがクラーリィと過ごす時間を奪っていたことになる。
 何でもない顔をしていたけれど、相当寂しかったのだろう。悪いことしたな、とサックスはため息を一つ。



 クラーリィのところまでやってきて、ドアをノックしようか少し迷い、結局サックスはごく普通にノックした。クラーリィいるか、俺だけど、と声を掛ける。
 俺って誰だよ、という捻くれた声が帰ってきた。まだ拗ねているらしい。
「ちょっと連絡とお話がありますよ」
 奥の方からもぞもぞ動く気配がしたものの、ドアに向かってやってくる気配はなかった。サックスはひかえめにドアノブを回す。鍵は掛かっていなかった。
「あめうまかったかー」
「おまえって分かり易いねー、サックスくんおまえのそういうとこ好きよ」
「はあ…コル…」
 おそらくボコボコに凹んでいるクラーリィは、ソファに半分突っ伏するような変なポーズで項垂れていた。サックスはその隣の小さなスペースに腰を下ろし、ね、と首を傾げる。
「コルちゃん今日の夜に誤解を解きに来るから、予定開けときなよ」
「はっ、コルが!?…誤解?」
 途端に起き上がったクラーリィにサックスは笑った。死にそうな魚に水掛けたみたい、という感想を持つ。どういう意味だとこちらを見てくるクラーリィに、サックスはゆっくりゆっくり解説を始めた。

「…ハロウィン。名前だけ聞いたことが…あるようなないような…」
「あ、ほらお盆みたいなイベント。多分」
 最近はお菓子業界も頑張っていらっしゃる、とサックスはコメントを付ける。よく言えば復興した証、悪く言えばまたひとつ庶民から金を巻き上げる機構が誕生した感じ。
「お盆とおまえだけにプレゼント、の間に何の関係が…」
「子供がさ、『トリックオアトリート』って言って『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』って脅すのよ。で、大人は子供にお菓子をやって、だから大人しくしててね、って」
「あげないとどうなるんだ?」
「生卵とか投げられる」
 それはやだな、とクラーリィは呟いた。でもおまえが投げられてるのを見るのは楽しいかも、と余計な台詞を言う。
 機嫌がそこそこ直ったらしいクラーリィはソファに座り直したものの、まだ疑問点があるらしくなあ、とサックスに問いかける。
「イベントの詳細はだいたい分かったが、だからといってなんでコルがおまえにやるんだ。おまえコルにその…トリックなんとかって言ったのか」
「違うよクラーリィ、コルちゃんが俺にくれたんじゃなくて、おまえが俺に寄越したんでしょ」
「ん?」
 だからね、とサックスは続ける。
「おまえが俺にお菓子を寄越したから、俺はおまえにイタズラできないわけ。ちょっかい出せないの、とりあえず今日は」
 不可解らしいその答えにクラーリィは首を傾げる。
「で、コルちゃんは何をしたかったかというと、今日また俺がおまえにひっついてると折角休みのおまえと二人家族水入らずの時間が過ごせないから、遠回しにサックスあっち行けってそう言いたかったの」
 あはは、とサックスは笑う。そしてクラーリィが「コルはそんな子じゃ」という前に、「寂しかったんじゃない」と付け加える。
「寂しい?」
「だって最近、折角クラーリィと会えると思って帰って来ても、クラーリィウィス俺って感じで常におまけが居るんだもん。最初は我慢できても、そのうち寂しくなるでしょ。おまえだけにしたいお話だってあったろうしね」
 クラーリィは視線を落とす。こんな話をすればクラーリィが落ちこむことくらい分かっていたので、サックスはしばらくクラーリィが落ちこむのに任せていた。

「俺の理想はさ、コルちゃんと俺とおまえで、親子三人みたいな暮らしなんだけど」
「何それ」
 ぼそっと呟いた言葉はしっかりクラーリィに届いてしまったようで、クラーリィが反射的に顔を上げる。
「家族が増えて良いでしょ?ほら、二人っきり家族っていうのは、寂しいゾー」
「親子って親が誰で子が誰だよ。俺が親でおまえとコルが子なのか?」
「いやおかしいでしょ、ここは普通におれとおまえが親でしょ」
 男親は二人も要らんよ、とクラーリィは呟いた。まあそうなのだけど、サックスが言いたかったのは男とか女とか親とか子とかそんなことじゃなくて…
 サックスが弁解する前に「分かってるよ」とクラーリィ。
「今のは冗談」
「ホントかしら」
 サックスはクラーリィの顔を覗き込む。クラーリィは迷惑そうに顔を顰めると、こてんとソファに横になった。ぎりぎり、頭がサックスの膝の辺りに引っかかっている。
 膝枕と言えそうで言えない微妙なこの距離。
「な、クラーリィ、そういうわけで俺もう少ししたら引き上げるよ」
「コルに謝らなきゃ…」
「今日はいっぱい甘えさせてあげな」
 うん、とクラーリィが頷く。
「サックス…」
 クラーリィがじっと見上げてくる。サックスはその顔に掛かる髪を払った。
「ん、なに」
「トリックオア、…トリート?」
 サックスは肩を揺らして笑う。それから残念だなあ、と呟く。
「是非トリックのほうを選びたいんだけども、俺既におまえから貰ってるからなあ。横流しになっちゃうけど、俺今これしか持ってないの」
 ポッケからさきほどのあめ玉を取り出す。受け取ったクラーリィの目がきらりと光った。
「コルのだ…!」
「有り難がって食えよ。なっ」
 もう一個あげる、とサックス。クラーリィは心底嬉しそうに笑った。俺が何をしたってこんなに嬉しそうにしないくせに、とは言わないでおく。

 あめ玉を手に嬉しそうなクラーリィを置いてサックスは部屋を出た。少し行動規範を変えるかなんて考えて、夕暮れ時の空を見上げる。橙色一色に染まった空がさっきのあめ玉の包装紙によく似ていて、サックスは一人思い出し笑いをして肩を揺らした。


***END



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