プラン



***


「休暇取ってどっか一緒に行かない?」
 と言ったら、無視られた。
 仕方がないので
「この仕事が終わったら、少し暇が出来ると思うので、どこかに行きませんか、息抜きにでも」
 と少々詳しく、更に丁寧な言い方をしてみたが、やっぱり無視された。
「ちょっとー、無視しないでぇ、クラーリィくーん」
 と猫なで声を出したら振り向きざまに殴られた。
 …痛い。



「おまえはそういう、馬鹿っぽいことしか考えられないし言えないのか!?」
 切れたらしいクラーリィが立ち上がってサックスの前に仁王立ちする。椅子に座ってクラーリィにちょっかいを出し続けていたサックスは、少しのけぞってクラーリィを見上げた。
「馬鹿っぽいって、さっきちゃんと丁寧な言い方もしたでしょ」
 俺は悪くないとサックス。更に、無視するおまえが悪いとも付け足した。クラーリィはえらく不機嫌なご様子で、サックスのそういった批判には耳を貸さない。
「なんでたまの休みにまでおまえの顔を見なくちゃいけないんだ?」
「それが付き合ってる相手に対するものの言い方か!?」
 クラーリィは返事に迷ったのか、ふんと鼻を鳴らすと席に戻った。勝手に切れて怒鳴りつけて、挙げ句勝ち逃げするのだから良いご身分だ。
「もういいよーだ、クラーリィのばか」
 俺もう手伝ってあげないもんとサックス。席を立って、窓を開ける振りをしながらクラーリィの様子を窺う。案の定クラーリィは目の前に積まれた書類の山を思い出したらしく、ペンを握る手が止まっていた。
「元はと言えばさあ、おまえがそうやって書類を溜めたから俺が呼ばれたんだよねえ?こうなったら手伝う道理は無いかなぁ、こんなものの言われ方をして、可哀相な俺…」
 頑張ってね、とひらひら手を振りながら部屋を出ようとしたら、やっぱりクラーリィが声を掛けてきた。随分小さいが、確かに待てと言っている。

 にやりと笑って、サックスが踵を返した。
「反省した?」
「…した」
「俺はおまえを手伝ってあげてる側で、おまえは俺に手伝って貰ってる側。思い出した?」
「…した」
「あとね、人の話は無視してはいけません」
 ちくしょう、とクラーリィが呟いた。でもその顔は笑っている。ようやく溜まった仕事からくるイライラが緩和されたらしい。
「おまえのその間抜け面見てると気が抜けるよ…」
 椅子に座って深い深いため息をつくクラーリィに軽くサックスがデコピンをお見舞いする。間抜け面とは失礼な。
「でもそういうとこが好きなんでしょ?遠慮しなくていいよ〜」
「そうだな、おまえのそういう馬鹿丸出しの所、好きだよ」
 クラーリィが立ち上がる。あれ、とその姿を見守るサックスの横を通り抜けて、さっきわざわざサックスが開けた窓を閉める。
 それでもって、振り返って、にっこり笑う。
「外まで悲鳴が聞こえると、心配されるからな」
 サックスの背筋に冷たいものが走る。後ずさり、逃げようとしたが間に合わなかった。背後に回されていたクラーリィの手が前に振られ、同時に小さな火の玉がいくつか勢いを付けてサックスに直進してくる。
「ぎゃーあちち、やめてぇー」
「十倍返しが俺のモットーなんだ」
 追撃は勘弁してくれたのか、笑顔のままのクラーリィがとことこと戻ってくる。満足げに笑いながら席に戻って、まるで何事もなかったかのように書類と向かい合う。
「全っ然痛くなかったでショ!さっきのデコピン!!」
「ああ、痛くなかった」
 けろっとした顔をして、クラーリィが頷いた。ついでにストレス発散まで済ませてしまったらしい。
「…そうかい、機嫌は直ったのね。良かったね」
 ため息をついてサックスも定位置に戻った。クラーリィの机からいくらか書類を奪って、適当に目を通す。こいつはこういう性格だ。諦めるしかない。

 数分くらい経った頃か、ようやくクラーリィが自分の様子を窺っているらしいことに気がついてサックスが首を傾げた。率直に「何?」と疑問を投げかける。
「…さっきの話、俺はちゃんと聞いていたぞ」
「さっきのって?……ああ!うん。うん」
 つい素で聞き返してしまったサックスはあわてて否定する。案の定クラーリィは少し顔を赤くして黙り込んでしまった。でもここで「照れ屋さんなんだから」とか茶化すと後々恐ろしいことになるとサックスは経験上知っているので、突っ込むのは止めておく。
「折角だからさあ、ちょっと時期外れたけどお花見とかどうかなーって」
「酒が飲みたいだけなんだろ?正直に言っていいぞ」
「自分の気持ちを俺に押しつけないで!ぐてんぐてんに酔っぱらって歩けなくなっても知らねーかんな」
 サックスはその辺の反故を手にとって「持ち物:酒」と書き込んだ。しょーもねえとかおやじくさいとかいう華のないコメントが付く。
「わーい久々にデートだ、嬉しいナー」
「で、場所は?」
 完璧にスルーされた。ちょっとくらい突っ込んでくれても良いのに。
 恨めしそうな顔をするサックスなどものともせずに、クラーリィはもう一度「場所は」と繰り返す。
「決まってないよ。行きたいところあるの」
「国内」
 そうだね、外国とか行けないよね。でもそれくらい分かってるしとサックスは独りごちる。でも案外クラーリィの顔が真剣だったのでつつくのは止めておいた。
 行き先を考えてくれているらしいクラーリィが、あ、と小さく声を上げる。珍しい、行きたいところでもあるのかとサックスが言葉を待つ。
「あそこ行きたい。南の方にある、小さな町」
「なんで?」
「ホルン様の銅像がこの間建ったから」
「……ふーん…別にいいけど…」
 サックスの脳裏には、人を置いてきぼりにして銅像を眺めながらひたすら酒を飲んでるクラーリィの姿がありありと浮かんでいた。しかも村人に存在がばれると大騒ぎになるから、せいぜい村近くの高台でとかになるのだ。若しくは、潔く魔法で姿を隠してしまうか。
 最初の提案・花見はどこへ行ったのだろう。まあ別にいいんだけどさ…とサックスは自分を納得させる。
「因みにそこ、今はちょうどいろんな花が咲いてて綺麗らしい。花の販売でもってるんだそうだ」
「あ…そうなの。そりゃ良かった」
 クラーリィは続けて「花に埋もれるホルン様を想像したらワクワクしたので援助金を出すのに賛成した」とか言ったが、例によってサックスは触らないことに決めた。
 隣のクラーリィは楽しそうな顔をしている。そして珍しく「楽しみだ」なんて言うので、サックスの心のもやもやは呆気なく吹き飛ばされた。
「ま、その為にはこの山を片付けないとな。頑張ろうな」
「おまえが、頑張れ。俺は手伝うだけ。まあ、必死に手伝うけどね」
 手伝って貰うの当然だと思わないでよね、なんて言いながらサックスは書類に眼を戻した。
 どのくらい頑張ればこの山が消えてくれるだろう。クラーリィが本気を出してくれればすぐ終わりそうなものだけれど。サックスは斜め前を窺ったが、既にクラーリィは完全仕事モードのようで真剣に、それは真剣に書類に目を通していた。

 二人はそれぞれ微妙に違う青写真を描きながら、今日もせっせと仕事に励んでいる。


***END



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