プラン の続き



***


「で、でっけぇー!!」
「でかいだろ。ホルン様に対する畏敬の念が込み上げてくるだろ。最高の眺めだ」
 この変態、と喉まで出掛かった言葉をサックスは必死で飲み込んだ。
 分かってる、分かってるぞクラーリィ、大丈夫だ俺はそれを含めておまえのこと好きになったから…多分。多分ね。ちょっと自信なくなってきたけどここ最近。

 小さな町とだけあって人通りが少ない。店もまばらで、開店休業状態の店舗も多い。そんな中、町中央の広場の更に中央、大きな花壇の中に立つホルン女王の銅像は何とも不思議な光景だった。
 二人は一応魔法で姿を隠しているものの、銅像が一番よく見える位置を陣取って突っ立っている。

 改めて目の前に「そびえる」像を見上げる。小さな町なのだし、せいぜい等身大の像だろうと想像していたが、ゆうに本人の倍以上の身長のあるなかなかずっしりとした像だった。真新しいブロンズが鈍く光り、像の握る黄金色の錫杖が日光を受けて、こちらは眩く光り輝いている。思わず口を開けて見上げてしまう代物だ。
 はあ、とあんぐり口を開けてサックスはホルン様の像を眺めている。多分微笑んでいるであろう顔は、逆光でよく見えない。それどころかこのアングルではどちらかというと後光が差しているようにすら思える。
「ふん、中々に良い出来に仕上がってるじゃないか。支援金を出した甲斐があったな」
 クラーリィは腰に手を当てて、サックス同様仰ぎ見ながら満足げに頷いた。口元には微かに笑みが浮かんでいる。
 その笑みに何か嫌な予感を感じ取って、サックスは隣のクラーリィの方に体を向けた。あのさ、と話しかける。
「『中々に良い出来』になるように、圧力掛けたとか言わないよね」
「俺はただ、工事業者に『女王の像だぞ。ホルン女王の像なんだぞ。その価値と重みが分かっているな』と数十回繰り返しただけだ」
「ありがとう。それで十分です」
 ああやっぱりな、とサックスは呟いた。可哀相に、工事業者はそれこそ死ぬ思いでこの像を作り上げたのだろう。きっとああ言ったクラーリィからは有無を言わせぬ恐ろしいオーラが出ていたのだろうから。

 しばらく銅像を眺めていた二人だが、サックスがそろそろ飽きていたところでクラーリィが「さて」と呟いた。片手に提げるビニール袋入りの酒を持ち上げ、「行くか」と言う。
「あれ、移動するの」
「するよ。何言ってるんだ?このまま魔法掛けっぱなしで酒を呑めと」
「違、そうじゃないけど、…うん」
 移動すると言い出すとは意外だった。クラーリィのことだから、最悪ホルン様の銅像が視界いっぱい入るところで一日潰すかもと思っていた。
 …意外だ。そう思って、サックスは自分の中のクラーリィ像に少し切なくなった。昔はただの可愛い弟分だったのに…とか黄昏ていると、いつの間にか視界のクラーリィが小さくなっている。
「置いていくぞ」
「あっ、待ってぇ」
 慌ててサックスが追いかける。クラーリィには既に目的地があるのか、振り返りもせずにずんずん歩いて行ってしまった。

 クラーリィが目指していたのは町の外れにある小高い丘だった。丘と言っても周囲を森に囲まれていて、町と接している方は少々絶壁化している。森も流石は花の町の森、地面には色とりどりの名前の分からない花が咲き乱れていた。町の方を向けばクラーリィが見たい銅像、後ろを振り返れば一応は花見もできるという、一応の目的は果たせる場所だ。更にこの地形から言って一般人では危なっかしくて上れないだろう。
 つまり二人にとっては絶好の息抜きスポット。辿り着くまでにお約束通りクラーリィが二回ほど迷ったことは秘密にしておこう。
「よく知ってるなあ、こんなとこ!」
 素直に感嘆するサックスにクラーリィは照れたのか、少々顔を背けてまあなと返す。
「調べた」
「そりゃどうも」
 ありがとう、と更に追い打ちを掛ける。クラーリィが更に照れて俺のためだし、とか見え見えの言い訳をする。
「ゆっくり酒を呑みたいじゃないか。いいもん見ながら」
 クラーリィが腕を一降りして魔法を解除する。サックスもそれに習って不可視化をやめた。慣れるとそう疲れるものでもないが、やはり魔法を常に使っているのは息抜きにならない。
 ぱしん、と乾いた音が響く。

 やっと気が抜けたとか呟いて顔を見合わせて、意味もなくお互い笑みを浮かべる。サックスがもってきたシートを申し訳程度に引いて、二人して地べたに座り込んだ。二人の間に持ってきた数種類の酒を置いて、随分と慎ましやかな花見の開始。乾杯、と小さく言って一杯目を呷る。久しぶりの独特の味が、喉をすうっと通り抜けていく。



 大概において先に酔うのはクラーリィより自制の効かないサックスな訳で、今日もご多分に漏れず先にサックスが酔っぱらった。呂律が回らない、口数が多くなる、典型的過ぎる。そしてサックスほどではないが酔いの回っているクラーリィはクラーリィで、普段なら無視するそれらにいちいち突っかかるので場が随分とぐだぐだになっていた。
 しかし、このぐだぐだ感を愛おしいとは思えなくても、嫌だと思わないだけ上等だろう。
「こら、やめ…」
 サックスがクラーリィに手を出した。初めは髪を触ったり、せいぜい頬を撫でる程度だったものがエスカレートする。ただのおふざけから、恋人に対するそれに変わっていく。
「いいじゃんちょっと、んー」
「調子に乗るな」
「ごめんなさい」
 邪険に払われた手を寂しく眺めつつ、口先だけでサックスが謝る。クラーリィはサックスをじろりと睨むとサックスから酒を取り上げる。
「クラーリィ」
「んー」
 酒なら返さんとクラーリィ。サックスは違うもんと言い訳をしつつクラーリィの顔を覗き込んだ。
「好きだあ」
 にへら、と表情を崩すサックスをクラーリィはしばらく黙って眺めていた。
「…サックスいいか」
「ん?」
「そういう台詞はたまに言うから重みが出るんだ。おまえのそれは、ちっとも有り難くないぞ」
「言わないよりマシじゃなーい?」
 言わないどっかの誰かさんよりー、と呟くサックスを無下に振り払い、クラーリィは身を起こす。
「…よし、サックスこっち向け」
 問答無用と言わんばかりに髪の毛をひっつかんで顔の目の前に。

「好きだぞ」

 とても真面目な顔をしているクラーリィと、口を開けたまま真っ赤になるサックスと。
「あっが…ぐおお…ダメージでけえ」
 あごが外れんばかりに驚いているサックスを、クラーリィはそれはそれは満足そうに眺めていた。
「ほら、有り難みがあっただろ」
「あんた、酔ってない振りしてぐてんぐてんに酔ってるね実は」
 馬鹿を言えとクラーリィは視線を逸らしたが、その滑舌が非常に悪くなっていることをサックスは見抜いている。

 とうとう酔いの回った二人は地べたに転がった。足を思い思いにほっぽり投げて、全身の力を抜いて空を見上げる。眠さから視界は少々滲んでいたが、滲んだ世界もそれなりに美しいのではないかと思えた。空と雲の区別がいい具合に付かなくなって、まるで何かの芸術作品を見ているかのようだ。
 クラーリィは首を傾けて、隣に転がっているサックスを見た。彼はクラーリィより先に相手を見ていたらしく、がっちり視線が合ってしまった。クラーリィは慌てて視線を逸らす。
「なに、ケチだね」
「うるさい」
「照れちゃって、かわいー」
 酔っているせいかいつもは口にしないことまで口走るサックスに軽く拳骨を振らせて、クラーリィはよいしょと起き上がる。
 そろそろ肌に触れる外気が冷たくなってきている。帰らなくては。
「ねー」
 クラーリィの「帰るぞ」オーラを感じ取ったのか、サックスものろのろと起き上がった。相当眠いのか目を擦って、ねー、と甘ったるい声で繰り返す。
「何だ」
「また来よう、なっ?」
 クラーリィは少し黙って、それから静かに頷いた。隣のサックスがやっぱり黙って、にーっと笑った。クラーリィはそれを確認して帰り支度を開始する。

 クラーリィの視界の隅で花びらが舞った。また来年、来られるといい。


***END



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