雷の日



***


 大きな音と共に走る稲光をとうとう視界に捉えてしまったらしく、シコードは耳を押さえて身を縮めた。クラーリィはそれをやや呆れ顔で眺めつつ、おい、と小さく声を掛ける。
「シコード。ここまで雷は」
「来る来ないの問題ではない。分かるか?」
「いやさっぱり分からん」
 音や光が凄いだけで自分自身には何の危害も与えないことくらい分かるだろうに、柄にもなく怯えるシコードは随分とクラーリィの目に滑稽に映った。大体にして、泣く子も黙るグローリアの師団長様だというのにそのようなお方がなぜクラーリィの前で蹲っておられるのか。
「おい。立てって」
「お…おまえ。俺の恋人を名乗るならもう少し俺を心配したらどうだ」
 クラーリィは冷たい視線を送る。
「俺はおまえのできるところに惚れててね。申し訳ないが」
 といいつつも手を差し出し、シコードはよろよろとその手を取る。しっかり立ち上がったのを認めてクラーリィはにっと笑った。そのままシコードを引っ張ってソファに座らせる。
「カーテン閉めてきてやるよ。防音魔法も掛けてやるよ。何て優しいんだ、俺」
「ありがとう、少々押しつけがましい愛情を感じるよ」
 窓へ向かうクラーリィを目で追いかけつつ、シコードはぽつりと呟く。幸いにしてクラーリィの耳には届かなかった、もしくは聞こえなかった振りをしてくれたらしく、彼はさっさと用事を済ます。

 戻ってきたクラーリィは「普段はどうしているんだ」ともっともらしい疑問を口にする。当然のようにシコードの隣に座り、珍しいシコードを肴に存分に突っ込んでやろうという気が見え見えだ。
「普段はやせ我慢をするからえらく不機嫌になるらしいな。雷の日は話しかけない方が良いとか言われているらしい」
「酷い上司だ」
「嫌なものは嫌なんだ。いいかクラーリィ想像してみろ、おまえの嫌いなものがおまえを取り巻く状況を」
 クラーリィは一瞬想像しかけたが、付き合うのも無駄と思ったか頭を振った。
「おまえがそうやって真剣に訴えれば訴えるほど滑稽だよ」
「分かってもらえなくて残念だ」
 シコードはクラーリィの弱点を思い出そうと過去の記憶をひっくり返してみたが、その逡巡は窓ガラスをも震わせる大きな落雷音に遮られた。ひっ、と飲み込むような小さな悲鳴が漏れる。
「だ…駄目だ。無理だ。帰りたい」
 そう言って腰を浮かすシコードにクラーリィは若干の本気を感じ取って、咄嗟にしがみついた。腰に思わぬ重量の掛かったシコードはすとんと座り直す羽目になる。
「ちょっ…こういうときだけ甘えるのは止せ」
 甘えると表現するにはいささか強すぎる力が加わり、シコードは一言では形容しがたいようなポーズを取らざるを得なかった。姿勢を直そうとクラーリィを押しやるが、彼は退かない。
「酷いじゃないか。折角の逢瀬なのにもう帰るとか」
「ま、まあ確かに、こういう時間は久しぶりだな」
 分かったから技を決めるのはやめろ、とシコードは呟く。台詞だけ聞けば可愛いものだがそれに可愛いにはほど遠い行動が伴うから可愛くない。おい、腑が痛い、と声を絞り出すとクラーリィはようやく離れた。

「よくも本気でやってくれたな」
「少しは気が紛れたか?」
「……ああ…」
 腹をさすりながらシコードは渋々頷いた。今の言葉がクラーリィの本心とは到底思えないが、こう言われてしまっては最後肯定しついでに感謝する他ないではないか。
「シコード」
「何だ」
 ずいとクラーリィが眼前に迫る。次は何をされるかとシコードが身構えると、クラーリィは少し面白くなさそうな顔をした後シコードの頭をがっしと掴み、額を付き合わせる。
「気分の良くなる…おまじないだ」
 間近に迫ったクラーリィに驚きつつ、シコードはそっと彼の気配を探る。クラーリィは目を瞑ったらしい。微かな吐息が微細な振動としてシコードに伝わってくる。そして、彼の少し冷たい両手の平から、普段はあまり感じることのできない熱を感じる。聞き取れないほど微かな囁きが、まるで木の葉の擦れ合う音のようにシコードの耳に届く。

 しばらくしてクラーリィは離れた。すっと離れた熱を少々寂しく思い、シコードは苦笑する。
「俺は大神官だぞ。効いただろう」
「…効いたよ。効いた」
 シコードの耳にはすっかり落雷音が届かなくなっていた。代わりに届くのはクラーリィの声とか、吐息とか。
 俺も焼きが回った、とシコードは呟く。首を傾げるクラーリィに何でもないと言い、尚も納得しないらしい彼を引き寄せた。反射的に身を捩るクラーリィとしばらく意味のない駆け引きを楽しんで、それからくすくす笑いあう。
 ようやく恋人の腕に収まってくれたクラーリィは満足そうな顔をしていた。それを覗き込んでいたシコードも負けず劣らず満足そうな顔をしていたのだろう、クラーリィはシコードの鼻っ面を軽く弾いてまた笑った。


***END



Top