つん



***


 クラーリィの頬を先程から妖精さんがしきりにつついてくるので、とうとう我慢も限界に思え、クラーリィは勢い良く立ち上がる。がたんと大きな音がして、驚いた妖精さんたちは一目散に主の元へ帰っていった。
 つまり、シコードの元へ。
「おい、シコード」
「うん?」
 クラーリィから数歩分離れた位置のソファに身を沈めているシコードは、やや困った顔をして読んでいる雑誌から視線を逸らした。苛ついているクラーリィはきっとシコードを見据え、今の今まで座っていた椅子を御丁寧にもシコードの前まで持って行く。そしてその顔のままですとんと腰を下ろす。
 おい、とクラーリィはもう一度言った。
「非言語コミュニケーション大いに結構。だが自分でやれ」
「別にやれと言った訳では…」
 シコードは若干ばつが悪そうにそっぽを向く。クラーリィの舌打ちが耳に入ったのか、あわてて視線を元に戻した。
「お前の妖精はお前の意思を反映して動くのだと自慢気に話していたのはどこのどいつだ」
 無論シコードだ。

 ちょっかいを出したいのかじゃれたいのか知らないが、耐え間なくつんつんされる身にもなってみろ。言っておくが俺は「止めてよ〜」なんて嬉しそうに言うキャラじゃないんだ。
 息継ぎもせずここまで言いきって、クラーリィはようやく口を閉じた。五分も十分もお説教する気はなかったと見える。シコードはクラーリィが何回か肩を上下させるのを黙って眺めた後、言い訳が思いつかなかったのか肩を落とした。
「何だ。己の罪を認めて謝罪するか」
 怒りのあまり、クラーリィはシコードの全ての行動が気にくわない。お説教こそしなくても口調は詰問そのものだった。
「だ、だって、…」
「男ならはっきりしろ」
 怒鳴らなかった己を誉めたい。
「は、恥ずかしいじゃないか!」
「何が」
「だから、その」
 口篭るシコードに余計クラーリィは苛々を募らせたが、より不愉快の原因となったのはまた人の頬をつつくのを再開した妖精たちの存在だった。本気で殺意を覚えたクラーリィだったが、悪いのは妖精ではないと何度も己に言い聞かせて爆発を抑え込む。
「貴様殺すぞ」
「だから、それだ、それ…」
 クラーリィは怒りのあまり顔の血色が良くなっていたが、シコードは別の理由で赤くなっていた。
「俺がやると、その、ホラ何だか…」
 と、こうシコードが弁解する間にも妖精さんはにこやかにちょっかいを出してくる訳だ。つんつん。つんつん…
「ああ、なるほど」
 ひとときの間をもってようやくシコードの言葉を理解したクラーリィ、黙って立ち上がり、先が白くなるほど力一杯握り拳を作り、針の先ほどの手加減も加えずにシコードめがけて振り降ろした。



「痛いじゃないか!」
「何が恥ずかしいだ。人にあれやらこれやらやらせて喜んでいるくせに、この程度が恥ずかしいだと。貴様そんなに死にたいのか、そうなら是非に手伝って差し上げる」
 ホラ、とクラーリィが迫る。冗談抜きで生命存続の危機を感じたシコードも同じく立ち上がって一歩退がった。
「いや別に、」
「今拳骨一発で済んだのは一重に俺の愛情ゆえだありがたく思え、だが俺の顔は仏と違って一度までだ」
「す、すまなかっ」
「うるさい黙れ、黙って俺に謝れシコードこの、…」
 余程酷いあだ名が飛び出すかとシコードは身構えたが、その先がクラーリィの口から出てくることはなかった。思わず瞑ってしまった目を恐る恐る開け、ゆっくりと視界にクラーリィを納める。彼は物凄く形容しがたい、一言で言うならとても変な顔をしていた。

「ク、クラーリィ」
 一応もう少し弁解しておこうとシコードは口を開く、でもクラーリィに気迫負けして口を噤んでしまう。
「俺はばかだ。貴様のような変人に惚れた。もう死にたい。死ぬ」
「待て早まるな!」
 慌ててシコードがクラーリィに飛びかかる。思いっきり床に転がる結果になり、お互い強か頭を床に打ち付けた。
 痛い、とクラーリィが頭を抱える。
「ここで記憶喪失になって、おまえのこと忘れられたらどんなにかいいか…」
「寂しいことを言うなよクラーリィ」
 シコードも同じく頭をさすりつつ、クラーリィを覗き込んだ。先程クラーリィに殴られた分もあるから随分痛いだろうが、そこで普通にクラーリィを心配してしまうところが、クラーリィ曰く彼の「悪い」ところだ。
「何でもできると噂の妖精さんの鱗粉に、記憶忘却効果みたいのはないのか」
「ない。ないよクラーリィ」
 クラーリィの無事を確認してシコードがほっと胸を撫で下ろす。それから「そんなことさせてやらない」と他人事のように呟いた。

「なあシコード」
 クラーリィは頭から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。未だ座り込むシコードの顔を覗き込む。
「ん」
「今の全部演技だからな」
「…ん?」
 貴様のためなんかに死ぬ訳ないだろ、とクラーリィは口の端をつり上げる。シコードは先程の言葉の全てが嘘とは到底思えないと思ったが、口にはしなかった。
「俺に構って欲しかったらな、このくらい必死になれ。何かにやらせるな。おまえがやれ」
「肝に銘じておく」
「それなら、俺は、」
 応えてやるから、とクラーリィは言った。シコードは今回の詫びの分も含め、それはそれは優しく彼の手を取って、細い指先にキスを落とす。
 ようやく機嫌を直したらしい彼の恋人は、くすぐったそうに笑った。


***END



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