お見舞い



 ***


「怪我をしたんだよ」
 ああ、とシコードは頷いた。そんなもの見れば分かる。
「怪我をしたんだ。見れば分かるだろ? 大怪我をしたんだ」
 確かに、とまた頷く。つり下げられた左足がかわいそうで仕方がない。
「だからお見舞いに来た」
「馬鹿言うな。帰れ」
 しっしっと、それはもう虫を追い払うかのようにクラーリィは邪険に扱う。しかしシコードはめげない。
「そんなつれないことを言うな。俺とお前の仲じゃないか」
 クラーリィの眉がつり上がった。
「カ・エ・レ!」
 クラーリィは身を捩った。しかし固定されている部分が多すぎてうまく動けない。シコードを殴りたい気持ちでいっぱいだが、それは叶いそうにない。
「おまえな、おまえが病室にいるってなったら大騒ぎだぞ。寝首をかきに来たとか言われ」
「あ」

 ドアを開けたサックスと目が合ってしまった。

「あっ…」
 クラーリィの背筋が凍った。やばい、見られた、シコードが来ていることを見られてしまった!
「ん、おまえの友人か、クラーリィ?」
 シコードはことの重大さを理解していないのか呑気に間柄を聞いてくる。しかしながらそんなシコードの様子になど目もくれず、サックスは真っ青な顔をして後ずさった。
「たた、たいへ」
「初めまして、少しお邪魔しているよ」
 シコードが綺麗なお辞儀を披露する。サックスの動作が止まった。
「たいへん、たいへ…えっ…あれ?」
 クラーリィが微動だにしないのに気づき、サックスが二人を見比べる。それからシコードの台詞を何回か反芻して、どうもなにかがおかしいと思ったらしいサックスはとことこクラーリィの枕元にやって来た。
 あれ、とサックスは呟く。
「し、シコード? グローリアのシコード? この間クラーリィと会合中に喧嘩したシコード師団長?」
「ああ」
 喧嘩したわけではないがな、とシコードは言った。意見が割れて少々口調が荒くなってしまっただけだが、その後はちゃんとお互いの非礼を詫びたし、同意にもこぎ着けた。
「な、なんでここにいんの…?」
 クラーリィは頭を抱えている。サックスに何と言い訳をしたらいいのか分からない。
 シコードはそんなクラーリィのかわりに、説明に回った。座っていた椅子から立ち上がり、ドアを閉めに行って、ドア近くに置いてあった椅子を持ってきてサックスに勧める。
 その上で先程座っていた椅子に戻り、見舞いに来た、と告げた。
「大神官がベッドから起き上がれない重症だと聞いたのでな」
「俺はそんな連絡入れてねえ!」
 すかさずクラーリィが反論する。敵国と言うに相応しいグローリア帝国にそんな連絡入れてたまるか。実際、入れなかったし入れるつもりはなかった。せいぜい全快した後に「そういえばこの間」と話のつまみにする程度だ。
「私の偵察用妖精がな」
 しれっと言ってのけるシコードにクラーリィは歯がみする。
「くそっ、そのスパイ妖精をどうにかしやがれ」
 すぱい、とサックスが復唱した。
 まずい、単語を間違えた。またサックスの奴立ち上がって後ずさり始めている。
 流石にシコードもこれはまずいと思ったのか、慌ててフォローに回る。サックスを引き留めようと彼も必死だ。
「違う違う、クラーリィ言い方が悪い訂正しろ」
「やっぱりグローリアのすp」
「違うサックス違う」
 クラーリィの声にサックスは立ち止まる。
 彼の顔をじっくり見て、その言葉が本当か確かめているようだ。
「…ち、違うの? ほんとクラーリィ」
「違う」
 真摯な瞳に脅されているわけでもないと確認した彼はようやく胸を撫で下ろした。また椅子に座り直して、表情を崩し、大神官と師団長の二人の顔を交互に見比べる。
「あっ、実はお見舞いに来るくらい仲良かったんだね〜」
「サックスてめ」
「そうだな」
 切り替えが早すぎるとクラーリィは抗議しようとしたが、それをよりによってシコードに阻まれた。
「クラーリィとは仲良くさせていただいているよ。お国柄、そういう素振りを見せられないのが辛いがな」
「おー、俺なんか感動しちゃった! 国を超えた友情っての?」
 いいなあそういうのー! とサックスは一人盛り上がっている。クラーリィは大きくため息をついてみたが、どちらにも効果が現れる気配はなかった。
「あ、そうそう俺サックスっていいます。クラーリィの幼馴染み。よ、よろしくどうぞー」
 ぺこり、サックスが座ったまま頭を下げる。ああ、とシコードがにこやかに応えた。
「こちらこそ。貴殿はもうご存じだと思うが、私はハープ・シコードと」
「あーーーーーーやめろやめろ白々しい! シコードもう帰れ、な? サックスならまだいいが他の連中が来ると厄介だ、とっとと」
「クラーリィ、折角グローリアの師団長が見舞いに来てくれてるんだからそんな言い方ねえだろうがよ!」
 打ち切ろうとしたクラーリィを今度はサックスが引き留めた。サックスは真剣に怒っている。違うんだ、そういう理由でこいつはここにいるんじゃない、と言ってもすぐには納得してくれなさそうだ。
 更なる言い訳に困っているうちに、サックスの方が対案を出してきた。
「ちょっと立ち入り禁止にすればいいだけの話じゃねえかこの部屋を。心配ならそうすればいいだろ」
 折角師団長が来てくれたのに、とサックスは繰り返した。クラーリィは苦虫を噛み潰したような顔をする。サックスを追い払ういい理由が思いつかないのだ。
 しかもシコードは、「それはいい案だ」と追い打ちを掛けてきた。
「『クラーリィは瞑想中です』って言ってこよ! 皆のもの〜大神官様は瞑想中じゃ〜」
 師団長からいい案とのお墨付きを貰って嬉しかったのか、サックスは立ち上がるなりひらひらとこの部屋を出て行った。クラーリィが呼び止めるのなぞ聞きやしない。
「ちょ、ちょっと待て瞑想中ってなんだ止めろサックスこっ…」
 ドアが閉められた。サックスにはほんの一瞬もクラーリィの言葉を聞いた気配がなかった。
 今度しめてやる、とクラーリィは密かに決心する。
「いい友達だな、面白い」と、にこやかにシコードが呟いた。クラーリィはこいつにも殺意を抱いた。
「…あいつ鈍くて良かった。俺とお前の仲ばれてないよな」
 はあ、とため息をつく。多分大丈夫だ。あいつはそういう詮索をする奴じゃない。
「ばれるとまず…いか」
 まずいな、とシコードが繰り返す。当然のように「まずいよ」とクラーリィは呟いた。

 シコードはすっと手を伸ばし、露わになっているクラーリィの額に指を這わせた。いつもは布で隠されている部分が、今日は病床ということで外されている。貴重な露出と言うべきだ。
「どうしたんだ」と、シコードは尋ねた。
「…魔法の詠唱中に邪魔が入って吹っ飛ばされた。骨が折れた。その後治療を後回しにして部下の避難の指示を出していたら骨折が複雑になったらしくて絶対安静にしなきゃだめだと縛られた」
 クラーリィは淡々と事実だけを述べる。実際はこの数文の中にそれこそドラマのようないろいろが詰まっていたが、そんなものシコードには察しがつくし経験だってあるだろう。
 それはまた災難だったな、とシコードはクラーリィの頭を撫でた。
「かわいそうだろ?」
「だが自分の不注意というのもあるからな」
 ああ、とクラーリィは肩を落とした。充分自覚があるが、シコードに言われるとなんだかとてもぐっさりくる。
「反省しろよ。おまえだけでなく、おまえの部下にも影響が出る」
 至極冷静にこう言うから余計にダメージを喰らうのだろうか。分かっている、とクラーリィは小さく呟いた。
 シコードはまたクラーリィの頭を撫でる。
「慰めてやるから元気を出すんだな」
 早く治るようにおまじないだ、とか言ってキスしてくる。満更でもないクラーリィは、恥ずかしいので視線だけは逸らしつつそれを受け入れた。

 そして、またドアを開けたサックスと目が合った。

 何というタイミング。ドアの開いた音に気付いたシコードもまた硬直した。一番まずいところを見られた、それこそ先程の努力が水の泡だ!
「あっ?」
 しまった、というサックスの顔。顔色は真っ青で、またもやじりじりと後退している。
「…あれ? 友達? とも…だち…?」
 だらだら冷や汗を流しているシコードが何とか弁解しようとするが、最早言い逃れはできそうにない。それよりまず第一にしなくてはいけないことは、サックスの口を塞ぐことだ。
 クラーリィも同意見だったようで、ちょいちょいと手招きをした。シコードはそろりとクラーリィから離れて椅子に座り直す。
「サックス」
「ひっ」
「こっち来いや」
 悪いようにはしないから、とクラーリィは微笑んだ。逃げたらこの男二人に殺されると悟ったサックスは、ドアを閉めると諦めてこちらへやって来た。
「あの…あれ…?」
 ともだち、とサックスは譫言のように繰り返す。変な悲鳴を上げないだけ良かった。そうなったら最後殴ってでも口を封じなければならなかった。
「ク、クラーリィ…」
 どうする、とシコードの瞳が問いかける。
 踏ん切りのつかないらしいシコードにかわり、クラーリィはサックスに向き直った。といっても、動かせるのは首から上だけだから頭だけ。
「言い訳しても見苦しいしな。悪いサックス、実は俺こいつと付き合ってるんだ」
 友達じゃなくて恋人、と簡潔に説明する。これ以上分かり易い説明はないだろう。どうせ嘘をついたところでどこかでばれてしまう、それにきっとサックスなら黙っていてくれるはず。
「…はあ」
 しばらく変な顔をして黙っていたサックスは、ようやくクラーリィの言葉の意味を理解することに成功したようで肩を落とした。随分悲しそうな顔をする。
「今のは見なかったことにしてくれ。真実はこうなんだが、周りにばれるとまずいんだ、分かるだろ?」
「…はあ…」
 サックスは二人を見比べている。クラーリィの言葉が届いているのかいないのか、取りあえず「黙っている、誰にも喋らない」という約束を取り付けたい二人はやきもきしている。
「…なんで男? クラーリィもてるのに…」
 しかも相手がよりによってグローリアの人間なの、とでも言いたげだ。
 確かに最悪の人選。でもここに至るまでにはそれなりの葛藤やらなにやらがあって、結構ドラマチックな展開も経験して、その結果こうなったのだ。しかし今それを説明する暇はない。
「察してくれ。なあサックス、その、尋問なら後でたんまり受けてやるから、そのー何、黙っててくれ頼むよ」
 お願い、とクラーリィは頭を下げる。釣られてシコードも頭を下げた。
 サックスは国のお偉方二名が己に頭を下げている光景に驚愕し、しばらくそんな二人を眺めてから、「ああ、うん」と呟く。
「そうだね…わかった。なんか喋ると殺されそうだからやめとくね」
「よし」
 ほっとシコードが頭を持ち上げる。盗み見たクラーリィは満足そうに笑っていたが、目だけは笑っていなかった。彼はクラーリィの幼馴染みだそうだが、案外「殺されそう」なのは経験から来る事実なのかもしれない。

「あ、そうだ」
 ぽん、とサックスが手を打った。なんだ、とクラーリィが続きを促す。
「いま慌てて帰って来たのはさー、ホルン様が心配してこっち来るって!」
 クラーリィはいまいち飲み込めないのか、はい、と変な返事をする。
「だからあ、ホルン様が、今すぐ来るって!」
「何だと!!」
 素っ頓狂な声をクラーリィが上げる中、シコードが黙って立ち上がった。それはまずい。ここにいることをホルン女王に知られてはまずい。最悪国家問題に発展してしまう。
「い、今すぐ帰る」
 忘れ物がないかベッドの周りを一通り見渡して、最後にクラーリィのすぐそばに立つ。
「じゃあ、またな…」
 シコードは名残惜しそうにクラーリィの髪に触れる。はじめは耳元、それから毛先に向かって腕を引く。
 指先から、金色の髪がするするとすり抜けていく。言いたいことや聞きたいことが沢山あるのに、何も言えず帰らなくてはならない悲しさよ。
 クラーリィはじっと、寂しそうな顔をするシコードのことを見守っている。

 やがてシコードは、サックスには見慣れない術でこの病室からぱっと消えてしまった。

「…おお」
 なにやら感嘆したらしいサックスがぼそりと呟く。居心地の悪さを感じたクラーリィは、不機嫌そうに「なんだよ」と返した。
「今の手つき、愛って感じがした」
「はあ?」
 いきなり何を言い出す、とクラーリィは思ったがサックスは何かを納得してしまったのかうんうんと一人頷いている。
「まじなんだね。おまえらまじで愛し合っちゃってるのね」
 なにかが違う、とクラーリィは真面目に突っ込みを入れた。その言葉から受け取るニュアンスは己とシコードの間には多分ない。
「サックスくんクラーリィくんのよわみにぎっちゃった♪」
「あ、てめえ!」
 にこやかに微笑む幼馴染みに殺意が沸くが、今回ばかりは彼に下手に出なくてはいけない。
「まあ病床の君に免じて恐喝とかはしないから安心してね」
 親友じゃん? とサックスは尚も微笑む。よりによってこいつに弱みを握られた、とクラーリィは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「…ホルン様にもなんも言うなよ」
「言わないよ」
「約束だぞ」
「約束するよ」
 その代わり今度ご飯驕ってね、とサックスは呟いた。それからクラーリィの顔を覗き込んで、「馴れ初め話とか聞きたいなー」とにんまり笑う。
 今この手が自由になるのならサックスを思いっきり殴ってやるのに! クラーリィはぎりぎり歯ぎしりしながらサックスを追い払った。
 遠く、廊下の隅からかつかつとホルン女王の足音が聞こえてくる。


 ***END



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