「AF」



 ***


 クラーリィに呼び出された。仕事が終わった後の執務室、との場所指定付き。サックスは何事かと身構える。まさかこの間の書類がオール没を喰らったとか? いきなり遠征のお知らせとか? なんにせよ、こういう呼び出しがいい内容だった試しがない。
 恐る恐る入った部屋には既にクラーリィが待機していて、サックスは若干の居心地の悪さを感じながらドアを閉めた。

 実はさ、とクラーリィは切り出した。
「ん?」
 部屋の蛍光灯が煌々と部屋を照らしている。サックスはどこに座るか少し考えて、結局本棚のまえの台に座ることにした。あんまり顔を近づけて話すのもどうかと思われるし、悪い報せだった時のことを考えると逃げられるようにドアの側に居た方がいいかも。
「そ、その…」
「なに、そうやって溜められると心臓に悪いんだけど」
 背後に並ぶ本を眺める。小難しそうな魔法書やら経済系の本やら、本当に読んでいるのかどうか大変怪しい。このうちの何割かは、ここへやってくる客に威圧感を与え大神官を敬うべしという無言の圧力のための装飾だと思う。
「す、その」
「す?」
 すって何、スフォルツェンドのす、スラーのす、あとえーと…スタカットのす?
「好きなんだ!」
「……ん?」
 ゆっくりゆっくりサックスがクラーリィのほうに視線を向けた。
 聞こえなかったんだけど、なにそれもう一回言って、と言いはしないが恐らく表情には出ていた。いや、実際にはちゃんと聞こえていたんだけれども、素直に受け取りがたい内容なのだから仕方ない。
「好きなんだおまえのことが、その、だから…ああ…好きなんだよ」
「……んっ?」
 サックスはもう一度聞き返した。
 たぶん人間の言語だとは思うんだけれど、という程度に内容が頭に入ってこない。しかしこちらをじっとクラーリィは見つめていて、少なくとも彼にはサックスに何かを伝える気があるのだということだけはよく分かる。
「おまえのことただの友達だって言い聞かせたけどだめだった。俺、おまえのことが好きになっちゃったんだ」
「ク、クラーリィ?」
 緑の澄んだ瞳が一直線にサックスを見てくる。常識やら何やらを吹き飛ばして、その視線に籠もる意思にサックスはこれが冗談ではないと直感的に悟った。
 …え、どういうこと?
「ごめん、気持ち悪いな、…忘れてくれていいよ。でも言いたかったんだ、…独り善がりでごめん」
「えっ…マジなの」
 ようやくクラーリィはサックスから視線を逸らした。クラーリィは随分黙って「うん」と言った。
「…だ、だから呼び出したの」
 うん、と頷く。子供のようにそれは素直に。
「これを言うためだけに?」
「うん」

 サックスは固まった。意味は分かった、理解からはほど遠いけどなんとなくクラーリィの言いたいことは分かった。
 クラーリィは止まらない。何度かサックスのほうを見ては視線を逸らす、ということを繰り返しながらひたすら独白を続けている。彼の少し傷のある手が、握ったり離れたりを繰り返している。
「最初はさ、単におまえにばかにされて悔しかったんだ。弱虫とか本の虫とかさ。だから強くなろうって思ってた。
 でも最近さ、おまえより強くなれた! って分かったとき、なんか無性に嬉しかったんだ。多分それ、おまえに勝てるようになった、っていうより俺がおまえを守れるようになったからだと思うんだ」
 俺を守るの、と死にそうな呟きがクラーリィの耳に届いた。己は大神官、だからそうであってもおかしくはないが今回に関しては少しニュアンスが異なる。
 そうだ、とクラーリィは頷いた。
「おまえと二人っきりでいると最近すごく胸が…痛くてさ…はは、笑っちゃうなごめんな、…でも好きなんだ…」
 クラーリィの右手が彼の胸の辺りに持って行かれて、服の上からぎゅっと心臓の辺りを掴む。その動作に目を奪われていたサックスは、はっと我に返った。
「…えっ、ちょっ、ちょっと待って」

 伏せられた目だとかなにかに心を奪われている人間特有の話し方だとか胸の辺りを掴んだときの所作だとか、そういうものになにやら追い詰められたサックスは逃げ出したいのを必死で堪えて心の整理を始めた。
 ここで逃げ出すのはいくらなんでも不誠実というものだ、とサックスの要らぬ優しさが発揮される。

 顔は許容範囲。クラーリィは母親似で長い髪が本当によく似合っている。これで女だったら絶対にサックスがものにしていたのにもったいない。
 性格、はよく知ってる。いい方だと思ったことはないが、多分もう二度とサックスの目の前には現れてくれないだろう、という程度に馬が合う。ようは二人で馬鹿をやるのが最高に楽しい。
 しかし、ハ、ハーメルにホモ疑惑掛けられてそれはもう烈火の如く怒った、という話を人伝に聞いたけれど、あれってホント、図星だったからあんなに怒っ…いやいや今はそういうことを考える場所ではない。
 そうだクラーリィ。これからどうしよう。どういう付き合いかたをしていけばいいの?
 俺がこいつの恋人になる? こいつが俺の恋人になる? 果たしてやっていけるのか?
 ステータス恋人になったと考えてみよう、…うーん、実際あまり変わりはない気がする。いくら恋人ができたからといって仕事中にべたべたする訳はないしクラーリィならむしろ嫌がるだろう。ましてや休日ともなれば普段から連んでいろいろやっているわけで、今の時間の使い方を考えるに急激に二人の時間が増えるということも考えにくい。
 あ、そうだ、ち、ちゅーとかできるのか俺たち。
 取りあえず想像してみ…あ、意外といけ…

 何を考えているんだ俺は。

 サックスはぶんぶん頭を振った。しかし頭の中で「ばかばかしいやめろやめろ!!」と叫ぶサックス1と、「ここでOK出したらリアルに待っているのはこういう現実だ!!」と怒鳴るサックス2が喧嘩を始めてしまった。
 ちゃんと考えて返事をしよう。取りあえずはこの二人の喧嘩が収まらないことには返事はできそうにない。ううう、とサックスが呻く。

 いつの間にやら移動してきたクラーリィはサックスの目の前に突っ立って、じっとサックスのことを見つめている。その視線が黙々と語る感情が、サックスをぐさりぐさりと刺して回る。
「サックス」と、不安そうにクラーリィが呼びかけた。
「まっ、待ってくれクラーリィ、ちょっと考えさせ」
「サックス」と、クラーリィはもう一度呼びかける。黙るサックスと、それを見つめる笑顔のクラーリィ。…笑顔?

 そして「嘘だよ」と、クラーリィはにこやかに言い放った。

「へっ?」
「馬鹿だなーサックス、今日は何の日だよ」
 サックスは慌てて壁掛けのカレンダーに目をやった。
 ええと、今日。四月一日。…エイプリルフール……
「殴っていいすか」
 サックスは己の顔が物凄く赤くなっていくのがよく分かった。まんまと騙されたのも悔しいが、真剣に考えてしまったことの方がもっと恥ずかしい。ありじゃね? とか思ってしまったことに関しては憤死ものだ。
「驚いたろー? ていうか俺ハーメルにホモ疑惑かけられてっから、こういう嘘効果てきめんだよな!」
 それはもうにこやかに、クラーリィがぺらぺらとまあよく喋る。彼はサックスが思惑通り、いやそれ以上に引っかかってくれて嬉しいようだ。
「だーいじょうぶ、心配すんな、今の全部冗談だからよー!」
 おまえになんか興味ないし、とクラーリィは微笑む。恥ずかしさを通り越し自分でも理解不能なほどの強い殺意を抱いたサックスは、問答無用でクラーリィに殴りかかった。
 ゴスッ、といい音がした。
「ってえええ!! 何しやがんだよいきなり!! 騙されたからって殴るこたあね…あ?」
 頬を抑えて、反論に転じたクラーリィの動作が止まった。殴った主・サックスの顔を覗き込む。
「あ、あれ、サックス…」
「ばか、ばか、クラーリィのばかあああ!!」
 目に大粒の涙を湛えたサックスはそのまま走って逃げた。置いて行かれたクラーリィが唖然とサックスの消えたドアを見つめる。

 冗談が過ぎたかな、なんて己の行動を思い返す。少々演技が過ぎただろうか? サックスのやつ、本気で気味悪かったのかもしれない、それこそいい年した男が涙目になる程度には。
 まあ確かに、途中からノリノリになってしまってやり過ぎた感はある。やっているうちに自分がドラマの主人公のような気がしてしまってな!
 あとで謝っとくか、とクラーリィは己の腫れ上がった頬を撫でながら呟いた。彼にサックスが涙目になった本当の理由を知る由はない。


「AF」…April Fool

 ***END



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