二人のモノローグ



 ***


 ふと邪気がさして「おまえ俺のこと好き?」と聞いてみた。
 サックスは「うん!」と即答した。

 特に理由があった訳じゃない。初めてする問いですらない。そして、答えも分かりきっている。変わらない返答に些か安心したクラーリィに、当然のようにサックスが「俺のことは?」と、問い掛ける。
 クラーリィはしばらく黙ってから「……ああ」と答えた。
 サックスは頬杖をついてクラーリィの顔を眺めていた。同様にいつもと変わらぬ返答に満足なのかそれとも不満を感じているのか、ふと笑うと「まあそんなもんだよね」と呟いた。

 いつもサックスは即答する。そこに、何かを考えるような間はない。脊髄反射並の即答。疑いようのないイエス。けれど、クラーリィは疑いようのない真実だとは受け取れない。
 ただ条件反射でこう返しているだけではないのか。考えることなく頷いているだけで、この行為にサックスの本心など混じっていないのではないか。いつも迷いもなく即答するから、クラーリィはこの言葉を信用することができない。
 そして、こんな考えに至る己の心は相応に汚れていると、悲しくなる。


 ***


 クラーリィっていつもケチだ。今日もケチだった。
 サックスはじっとクラーリィの顔を眺める。いつもと同じ問い。いつもと同じ返答。もしかするとサックスは、クラーリィの望む返答をしていないのかもしれない。けれど、残念ながらサックスの持つ返答はこれ一つしかない。
 仕返ししてやろうなんて気持ちがある訳じゃない、ただ単純に同じ答えを求めてサックスはクラーリィに同じ問いをする。答えの分かりきっている問いをする。
 クラーリィはいつも、即答してくれない。その沈黙の間に何かを考えている風なのに、いつも返ってくる言葉は同じだ。あの間に何を考えているのか、サックスにはちっとも見当が付かない。

 それきり黙り込んだクラーリィの横顔に影が差していた。何事か悩んでいる様子。クラーリィに珍しい現象ではないが、やはり恋人としてそういう顔を眺めるのは好きじゃない。
 あ、いや、好きかもしれない、なんてサックスは思い直す。
 普段のクラーリィはいつだって格好いい。下々を顎で使い、人使いが荒いなんてよく評されるが、彼はやる気のある人間を相応に評価する。己の部下として認め、きちんと相手の立ち位置を確保する。ところどころ欠点に近い変な癖はあるけれど、普段大勢の人間を率いてずんずんと前へ進んでいくクラーリィがサックスは好きだ。その横顔にあるのは自信。己の実力から来る、そして、大勢の部下に信頼されているという安心感から来る自信。
 けれどサックスは、こんな風にふと見せる悩んだ横顔も好きだ。部下には普段、不安を与えるからと絶対に見せない表情。いつもは隠されているそれが、サックスの前ではぽろりとその姿を現す。良く言えば、己のことを信用してくれている証。部下としてではなく、友人として、そして悩みを打ち明けることのできる恋人として認められているという証。そして少し情けない理由ではあるが、他の誰にも見せない、サックスだけが見ることのできる表情であるというのも評価に値する。
 まあ、怒るだろうから、本人に言いはしない。言った暁には恐らくその矜恃が幾分か傷付いてしまうだろう、もしかしたらサックスにもうこんな表情を見せてくれることがなくなるかもしれない。それは、悲しい。

 一向に回復しないクラーリィの表情を見かね、「ねえ、何考えてるの。悩み事? 俺に相談?」と茶化して聞いてみた。
 答えは分かっている。きっとクラーリィは「いいや」と首を振る。いつだってそうだ、彼は能動的に悩みを打ち明けることはあれど、受動的に何かをすることはあまりない。どんな時もしっかりとした意思を持って彼は動く。
 だからこそサックスは、いつだってその聞き手となってあげるという意味を込め、こんな問い掛けをし続ける。

「……ああ」
 しばらく黙ってサックスの顔を眺めていたクラーリィは、やがてさっきと同じ言い方で頷いた。サックスは目を丸くする。決まり切った会話の応酬の中に新しい風。実質意味なんてほとんどなかっただろう行為の中に、何やら意味ありげな行動。
 サックスは目をぱちくりさせていたが、クラーリィはその間もずっと何の気なしに相手の顔をじっと眺めていた。どういう風の吹き回しなのか、想定の範囲を越えたクラーリィの行動に、サックスはどう反応すべきか迷って黙っている。


 ***


 ばかばかしくなった、という表現はこんな時に使う。
 同じ問いをしているのだ、同じ返答が返ってくるなんて当然の反応だろう。これだけ長らく同じ時間を共にしている、今更気持ちの変化がどうのとか会話にバリエーションをだとか、ばからしくてやっていられない。相手の受け取り方を気にして一々返答に変化を持たせることからは随分と前に卒業した。よくも悪くも空気になった。
 だから何か変化を求めるのなら、まず自分の方から変化を与えなくてはならない。でなければ、いつまでも同じ路地をぐるぐると回るだけで、景色に変化は現れない。
 聞いてみようと思った。黙々と悩むなんて己の柄ではないとクラーリィは思った。即答の本意なんて、所詮サックスと同一個体にはなれないクラーリィに分かるはずもなかった。この先も、永遠に分からない。だから尋ねる。尋ねて、己の考えがサックスの思惑と一致していることを「確認」する。クラーリィの想像が、現実その通りであると確信したい。

「なあ、サックス、おまえさ」と、クラーリィは至って平静を装って口火を切る。


 ***END



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