日常その28



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「クラーリィくんちょっとこれ見てこれ」と何やらヒラヒラさせながらサックスが見せてきたものは、最近「よく当たる」と噂になっている性格診断系の結果のようだった。
 ティンとマリーの二人がいろいろな相性を調べて随分楽しそうにしているのはこの間見掛けた。だが当の二人の相性はいまいちとかいうおかしな結果になっていたのも見掛けたような気がするが。
「おまえと俺でやったら『相性そこそこです』だってさ。そこそこって何だよって感じ。でもほら、ちと当たってるところもあるっしょ」
 見て見てなんてサックスは言っているが、紙をヒラヒラさせているせいでろくに文字が追えやしない。その腕に狙いを定めてぺしりと叩くと、彼はしょんぼりしながら紙を机の上に置いた。
 おまえ暇人だな、とクラーリィは呟く。自分だってそこまで忙しいわけではないが、クラーリィは一応サックスに文句を言わなくてはならない。でないとサックスが心配するのだ。この間流石に悪いかと思い文句を言わないでおいたところ、どうしたのお腹痛いのなんて酷く心配そうな顔で覗き込まれて心の底から腹が立った。言うに事欠いてお腹痛いとは一体どういう了見なんだ。
 思い出して苛々してきたクラーリィは腕を組み、つっけんどんな対応に終始する。だがこの程度でサックスは折れやしないし、クラーリィはちっとも悪くない。悪いのはこれをお約束事と一方的に取り決めてしまったサックスの方だ。
「そういうのはわざと曖昧に書いておいて、読む側が勝手に補完して納得するのを狙ってるんだ。『当たってる』なんて思ってしまっては相手の思う壷だぞ」
「はいはいそーねそーね。別に俺は結果なんてどうでもいいの、ただ単にクラーリィくんに話し掛ける口実探してるだけなんだから」
 珍しく反撃してきたサックスは、ややオーバーな振り付けでもってクラーリィの手元を覗き込んだ。天の邪鬼精神の元咄嗟に手元を隠すものの特に仕事をしていたわけでもなく、クラーリィはサックスから「おまえも暇そう」なんて実に腹立たしい感想を頂いた。
「うるさい」
「ツンデレより素直クールが好き俺。別に変われとまでは言わないけど、たまには素直になりなさいって」
 損はさせないよ、とサックスは微笑む。この状態では何を言っても負けると察したクラーリィはそっぽを向いた。変に包容力のあるところを見せつけたりしてまるで面白くない。あの程度で腹を立てる自分が心の狭い人間のようではないか。
 おまえとは話すのやめた、と言う代わりにサックスの持ってきた診断結果に目を通す。随分と勝手に個人情報を事細かに入力してくれたものだ。そしてクラーリィが近くにいなくともすらすらとそれらを入力できてしまうサックスが容易に思い浮かんで、とにかく悔しい。

 サックスはじっとクラーリィの手元を覗き込み、先ほどまでクラーリィが構っていた諸々の様子を伺っている。その内彼のしていたことは割とどうでもいいことだと判断したのか、唐突に「今暇でしょ?」とやや断定口調で聞いてきた。
 当たりだったが、素直に「うん」なんて言うのは癪なのでクラーリィは黙っている。
「そういうの消極的肯定って言うんだぜ。だからたまには可愛くなりなさいって言ってんのにいちいち小憎たらしいなおまえさんはよ」
 子供っぽく頬をつねろうとでもしたのか伸ばされた腕を華麗に交わして、クラーリィは「何だよ」と文句を垂れる。
「何か用でもあるのかよ」
 サックスはにっこり笑って、どこか懐かしい無邪気な顔のまま「暇なら遊ぼ」と囁いた。


 ***


 サックスはドアの辺りで立ち止まっている。その顔が何とも形容し難い変な顔なので、クラーリィは指差して笑いたいのを何とか我慢しながら声を掛けねばならなかった。
「ゴールまであと少しだよサックス。どうして最後のドアで立ち止まるんだ」
「どうしてって、……え? おまえ一体何してるの?」
「俺? おまえがここまで来るのをじっと待ってる」
 若干慌ててさえいるサックスの顔がおかしくて仕方がない。何してるの、と彼は繰り返す。
「見りゃ分かるだろ?」
「……確かに俺は『遊ぼ』と言いましたけどね」
 諦めたのか察したのか、サックスはとぼとぼクラーリィの側へやって来た。堂々とベッドの上に寝っ転がってニヤニヤサックスを眺めているクラーリィを、それはもう悲しそうな顔で眺めている。
「あーそぼサックス!」
「やだ! 俺もう少し恥じらいのある方が好き! なんでおまえはこーやる気ゼロかやる気マックスのどっちかなんだよ極端だよ」
 俺はそういう意味で言った訳じゃなかった、とサックスが弁解する。そんな言い訳聞く気の毛頭ないクラーリィは、冷たく「あっそ」と言い放った。
「誰だよさっき素直になれとか言った奴。誰だよ」
 俺ですよ、なんて捻た返答を寄越したサックスはぼすんと音を立ててベッドの端っこに腰を下ろした。クラーリィには背を向けて、態とらしく頭を抱えてみたりする。
「俺だよ〜俺だよ〜素直になれって言ったのはこの俺ですよ〜いいかおまえ何事も加減ってものが大事なんだよこのバカ」
「うるせえバカ」
 うるさくない、とサックスが反論する。ぐるりとこちらを向いたのはいいが、未だ隅っこにいるせいで手も足も届かない。足が届けば蹴りの一つでも入れてやるのに実に残念だ。
「俺はデートとかしたかったの! まだ昼間だし! いい天気だし! 俺はてっきりおまえが部屋に戻って支度してくれるもんだと思ってたの!」
「そうかそうか。おまえと違って清純な男でなくてごめんなサックス」
 怒るなよとクラーリィが笑う。怒ってないもんとか可愛くない声でサックスが言う。その割にぼすぼす布団を叩いている。別にクラーリィ本体を叩いたって構わないシチュエーションだが、そんなことをすればどんな反撃がやってくるのかよく分かっていらっしゃるようだ。
「なに……! ベッドに寝っ転がってグラビアポーズとかバカじゃないの……!」
「埃立つからやめろよおまえ。ぐっときたろ?」
「こねーよ!!」
 とうとう我慢の限界を超えたのかサックスがその辺に転がっていた枕やクッションを手当たり次第にクラーリィに投げつけて、彼が埋もれたことを確認してからその上にのし掛かった。
 重いじゃないか、とくぐもったクラーリィの笑い声が聞こえる。
「お望みの展開っしょ。おーよ分かったここぞとばかりに虐めてやるぜ。泣いたって謝ったって許してやんないかんな」
 クラーリィは上に積まれた枕やクッションを一つ一つ横に退かしながら、「もっと優しくしろよう」なんていっそ腹立たしいほどの甘い声を出す。サックスの胃がキリキリいっている。
「よく言う口だな! なぁにが優しくだ、ったく腹立つぜこんにゃろ」
「痛いのは嫌だぞサックス」
「真顔で言っても許してやんない。俺決めた、泣くまでおまえを虐めてやる。ゆえにおまえの意見は受け付けない! じゃないと俺の胃に穴が開く」
 ようやく枕を退かし終わったクラーリィが、いっそ腹立たしいほどに純粋な心配を顔に乗せて「大丈夫か」なんて呟いた。覗かせた顔から出る一言目がこれなのだから頂けない。どうせなら最初から最後までツンツンしていればまだ対処も楽だろうに、クラーリィはここぞというところでツンデレ演技に手を抜きやがる。
 あっという間に再びやる気の失せたサックスは、あっさりクラーリィの上から退くとそのすぐ側にあぐらをかく。山盛りとなったクッションの合間を縫うようにもぞもぞクラーリィが前進してきて、サックスの膝にやや顎を乗せるような形に収まった。きらきら純粋そうな瞳がこちらをじっと見上げている。ただ、サックスはその瞳の中がそれほど純粋でないことをよく知っている。
「俺はデートがしたかったの……」
「そうかそうか、可哀相にな。相手を間違えたな。あと順番を間違えたな。この展開が嫌ならあの紙持ってこなきゃ良かったのに」
「……なにが」
 どうも自分に非があるらしいと知ったサックスは、やや眉を寄せてクラーリィを問い質す。クラーリィはまたももぞもぞ動いてサックスの膝の上に上半身を乗せ、何が楽しいのだかニヤニヤしながら「おまえバカだなあ」なんてしみじみ呟く。ちょうどいい位置に転がっている黄色い頭をごちんとやると、クラーリィは「やめろお」なんてサックスの腹を殴ってきた。
「おまえ持ってきておきながらアレ読まなかったのかよ。書いてあったろ俺の診断結果に、愛情が足りないと段々しおれていきますって」
「しおれちゃうのおまえ」
 しおれるなんて表現ではなかった気がするが、クラーリィはそう主張する。ということは、少しは本人も「当たっている」と思ったということだろうか。さっき相手の思う壷だとか偉そうなこと言ったくせに。
 そしてそもそも、しおれたクラーリィなんて想像つかない。枯れたサボテンみたいな感じになるのだろうか? 枯れてる癖に棘だけは指に突き刺さる。枯れてる癖に。
「しおれちゃうらしいよ。それは俺も困るから、そうかーじゃあ補充しよーと思って」
「補充って何を」
「愛情成分。主におまえの」
「……」
 例によって言い返すべき言葉を全て失ったサックスは、可愛がれよ〜なんてバカげた声を出して己をからかっているクラーリィに今度こそ殺意を抱いた。確かに素直なのはいいことだ、でもだからといってサックスの純情を弄んでいい訳がない。
 やっぱり泣いても許してやらない。可愛いは正義なんて言葉はこの二人の間には通用しない。
 寝っ転がってサックスを見上げているクラーリィの片腕を押さえ、咄嗟に暴れる反対側の腕を掴み、両腕が塞がってしまったので相手のでこに思いっきり頭突き。自分も痛いけど仕方ない。こうでもしないとクラーリィにダメージなんてそうそう与えられない。
「いって、いってえぇ優しくしろって言ったのに俺のかっこいい顔にたんこぶできたらどうすんだよおまえ!」
「サックスに虐められた〜って泣けば? ガキみたいにビィビィ泣けば?」
「おっ? 今日は幼児プレイ?」
「おまえ死ねよ!!」
 腹を抱えて随分幸せそうに笑っているクラーリィに突っ込みを入れ続けることにとうとう飽きて、サックスはがっくり項垂れる。素で「俺のかっこいい顔」とか、どこで覚えたのだか「幼児プレイ」なんていう言葉が飛び出す度に逐一お説教をしたくなるのはどうしてだろう。かといってそれらに一つずつ突っ込みを入れているようでは日が暮れる。不毛にも程がある。
 こんな展開になってしまってはもうダメだ。今日のデートは諦めるしかない。
 ああ、……いい天気なのに。
 クラーリィはぶつけられたでこをさすりつつ、空いた手を中空でふらふらさせながらたまにサックスの髪の毛を引っ張ったりあるいは服の裾を引っ張ったりして遊んでいる。何が楽しいのやら。諦めたサックスがそっとふらふら遊んでいる手を掴むと、不意に真顔になってクラーリィがぽつりとこう呟いた。
「おまえが俺に話しかける動機を一々探してるみたいにさ、俺もそれなりの動機を毎日探してるわけ。分かるサックス?」
「……俺がスイッチを入れたから責任とれって言ってる?」
 これまでの話を統合するに、クラーリィが今日いきなりやる気を出してベッドの上に転がったりしてくれたのは全て、サックスの持ち込んだ適当な診断結果の紙切れ一枚が発端ということになる。
「おう、その通り! 流石我が恋人サックスだ分かってるな、だったらとっとと諦めろ、な、ほら今日はいい昼寝日和だ!」
 愛情の補給をするんだなんて一見バカげた主張をするクラーリィをまじまじと眺め、サックスは深い深いため息をついた。どこで間違ったのだか知らないが、こんな中身の男に惚れてしまったことも、そして現在進行形で恐ろしくときめいていることも同じく事実。
「サ〜ックス」
「分かった分かったよ、俺の負けです負けました。デートは次回ね、次は譲ってやんないかんな覚えとけ」
 じゃれつくクラーリィをようやく抱き締めて、サックスは少しだけ窓の外を見やる。外はまだいい天気で部屋には明かりなんて要らない、微かに放たれた窓からちょうどよくそよ風が吹き込んでくる。
 クラーリィの背に流れる流線型の髪がその風に揺られて波打っている。サックスはその髪ごと彼の背を撫で、くすぐったいのかご機嫌なのか声を殺しながら笑っているクラーリィが「苦しい」と悲鳴を上げるまで、ずっと抱き締めておくことにした。


 ***END



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