贈り物・2



 ***


 途中コルから可愛らしいプレゼントを貰った、ほくほく顔のクラーリィはようやく執務室に到着した。といっても普段より十五分は早い計算だし、席について十分くらいはコルのプレゼントを眺める時間が取れそうだ。開けるのは昼飯時にしよう。まずは箱だけ眺めて幸せになろうと思う。
 席に着いたクラーリィは机の上の変化に気付く。普段通り花の一本増えた花瓶に大きめの柔らかなリボン。それから、その隣に小さく収まっている四角い箱。数センチ四方のラッピングされた箱で、状況からいってシコードからのものだと思う。相変わらずメッセージカードやそれに類似したものは一切見当たらない。
「市販品のバースデーカードでもくっつけておいてくれれば分かりやすいのに、相変わらず変なところが訳分からん男だな……」
 コルに貰ったプレゼントを大事に大事に机の端に展示して、クラーリィはシコードからのものと思われる小箱に手を伸ばす。小箱には至ってごく普通の可愛らしい包装がなされていた。花瓶にかけられたリボンと同色の小さなリボンが、箱の上部中央にちょこんと居座っている。
 時計を確認、まだ時間があることを確認したクラーリィはそろそろとリボンを解く。びりっとやると後々掃除が大変だと思い、やっぱりそろそろと包装を取った。出てきたのは青い綺麗な色をした高そうな箱。真ん中でぱかっと割れる形式らしい。いや、それにしてもこの形式の箱には見覚えが……
「……げっ」
 予想通り、出てきたのは指輪だった。

「……なーんだこれ……」
 プレゼントは嬉しい。確かに嬉しい。
 けれど、意味の分からないプレゼントを貰うと困るのもまた事実だ。
「……おっ……ジャスト」
 偶然か、それとも何らかの方法でサイズを調べでもしたのか、指輪はすっぽりクラーリィの人差し指に収まった。薬指でなくて良かった。
 スフォルツェンドにそんな習慣はないが、グローリアには親しくなった相手に指輪を贈る習慣でもあるのだろうかとクラーリィは考える。もしかするとクラーリィが知らないだけで、こんな形でのお祝いはグローリアではごく一般的なものなのかもしれない。すっぱり「意味が分からなかった」と言うのは流石に拙いだろう。
 装飾はなかなかにシンプル。銀色のリングの中央に小さく宝石らしきもの。この石が何色なのかはよく分からないが、たぶん緑色。思わず覗き込みたくなるような透明度を誇っているが、邪魔に思うほどギラギラと輝いたりはせず、あくまでも控えめな煌めきのみを灯している。
 何となく高そう、という感想をクラーリィは抱く。少なくとも安物ではなさそうだ。しっかりとした作りをしていることであるし、シンプルながらなかなか値が張る代物なのではないかと邪推してみる。
 こんなものを冗談交じりに贈る人間はいないだろう。
「うーん……何と礼を言うべきか……」
 相変わらずシコードからのものであると指し示す証拠が何一つなかったが、十中八九彼の仕業であることは最早間違いなし、一応彼からの接触を今日一日待ってみて、何もなかったら夜にでも連絡を入れよう。相手も何かと忙しい身、もしかすると使役する妖精に花を届けに行かせる暇はあってもメッセージカードを認める暇はなかったのかも知れないし。
 指輪を嵌めたままの手のひらを日に透かす。ちょうどよく朝日が差し込んできたところで、我ながら血色のいい右手のなかで貰い物の指輪がキラキラと光った。

 ***

「見たか」
 クラーリィの予想は半分外れ、夕刻机の片付けをし始めた途端にシコードから連絡が入った。
「……見た」
 たぶんシコードはプレゼントのことを言っているのだろう。花束は勿論見た。箱の中身も確かに見た。ついでに実際嵌めてみた。しばらく鑑賞した後部下に何か詮索されるのもあれだとしまってしまったが。
 余りのタイミングの良さに「どこかで監視していたのか」と聞きたくなったが、いろいろと面倒な展開になりそうな気がしてやめた。はいと答えられてはその後の対処で悩みそうだし、いいえと答えられても信用する気ゼロだ。クラーリィにとってプラスになりそうなことがあまりにも少ない。
「サイズは大丈夫だったか」
「……ああ……なぜか人差し指にぴったりだった」
「何っ? む、それは憶測を誤ったな、すまなかった。やはり妖精にこっそりやらせるようでは誤差が出るか……」
「誤った、とは何だ、本当はどこに合わせるつもりだったんだ」
「無論薬指だが?」
 どうしてこんな真顔のままでおかしなことを言うんだろう、とクラーリィは思う。流石に口には出さないけれども。おまけに、クラーリィの疑問が伝わっていないのか、それとも意図的にはぐらかしているのかは知らないが、返答内容もいまいちピントがずれている。
「……聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言うし。おまえの国にはその、……友人にそういうプレゼントをする習慣が?」
「いや。別に」
「……じゃあこれは何だ」
 訝しげなクラーリィとは対照的に、シコードは相変わらずその誠実そうな表情を崩さなかった。ああ、と彼は一度相槌を打つ。そしてその表情のままこう返してきた。
「おまえのことが好きだ。私と付き合ってくれ」

 ***

「おっ……」
 クラーリィはふるふると震える拳を白くなるほど懸命に握り締めている。この男が画面の向こうの存在でなければ一思いに殴ってやるのに。
 そうすれば目も醒めるかもしれない。
「おかしいだろ! 絶対おかしいだろう! 指輪はプロポーズの時に贈るものだ! 指輪を贈って『付き合ってくれ』なんておかしいだろう!」
「突っ込みどころはそこか」
「もうどこから突っ込めばよいのやら……」
 私は本気だよ、なんて冷静なシコードの声が聞こえる。もうクラーリィに画面を直視する勇気はなかった。そんなものを見てどうする。クソ真面目なこの男の、どこからどう見ても本気としか思えない顔なんて見てどうしろと言うのだ。現実を直視すればするだけ、逃避できる道が減っていく。
 クラーリィに「そうですか」なんて言う勇気はない。人の本気を相手取って笑い飛ばすほど嫌な性格もしていない。
「シコード、俺は男だよ……知ってるだろうけど……おまえそれを含めてやってるんだろうけど……」
 ああ、とごく真面目な答えが返ってくる。冗談交じりでひと月も掛けて花を贈る馬鹿はいないだろう。まあ薄々そうなんではないかという嫌な予感はしていたが、そんなことあってはならないと敢えて考えない振りをしていたのに……
「おや? 風の噂でおまえ様の恋愛対象は同性だと聞き及んだものだから、てっきりそうなのだとばかり」
「貴様ブチ殺すぞ!」
 あと、噂の発生源に間違いない辺境の勇者様も後で始末せねばなるまい。

 目が醒めるなんて表現を使うのはまずかった。シコードは本気だったようだ。冗談抜きだったようだ。まあ、もとから冗談の分からなそうなつまらない人生を送っているのではないかと思っていたが……
 と、クラーリィは無意識に口にしてしまっていたらしい。慌てて口を塞ぐも遅かった。
「す、すまん」
「……そのつまらない人生も、おまえがいれば豊かになりそうだ、と思ってな」
 クラーリィは咄嗟に反論できなかった。
 一応「口が滑った」と謝っておく。シコードは「いいよ」と一言言っただけだった。表情からいって、本心気にしているようではなさそうだ。……たぶん。もしかすると先程の上手い切り返しも、咄嗟のそれではなくだいぶ昔から暖めていた台詞の内の一つなのかもしれない。
「おーおー……そうか……そうかシコード。分かった。おまえの本気はよおく分かった。ええ、その、上手い断り文句を探してくるから、少し待ってくれ」
「考慮にも入れてくれないのか」
「えー……俺の心には今他人様を愛する余地がない……」
 クラーリィは続け「シコードに限らず誰でもお断りしている」と言おうとしたが、シコードの台詞に阻まれた。
 彼は「同じほど愛してくれとは言わない」だなんて、かっこいいことを言う。
「墓場まで面倒を見るつもりで指輪をプレゼントに選んでみたんだ」
「そ……それはどうも……老後も安心だな……」
 プレゼント時期を間違えた訳ではなく、告白兼プロポーズということらしい。
 相手が冗談抜きで本気過ぎて笑い飛ばす訳にもいかないし、かといって「分かった死ぬまでどうぞ宜しく」なんて言える思い切りを今ここで見せられる訳もない。

 シコードがどうしてもと渋った上、花を長いことプレゼントされていた負い目のあるクラーリィは彼にきっぱりお断りを告げることもできず、じゃあまた返事は今度な、と返さざるを得なかった。
 切り際に「まずは文通からレベルでいいから」とか「取り敢えずのお試し感覚でもいい」なんて言うから質が悪い。シコードがハードルを下げれば下げるだけ、クラーリィのお断りの文句が難しくなっていく。
 文通レベルなら大丈夫かな、なんて考える自分もどうかしている。

 ***

 そもそもクラーリィはシコードを少し変わった異国の友人としか思っていなかったし、勿論相手が己を恋愛対象として捉えていたことも知らなかった。だからきっとこれまでの会話には相応に齟齬もあったろうし、クラーリィの何気ない台詞をシコードは別の意味に捉えてしまったなんてことも多々あったかもしれない。
 とうとう適切なお断り文句を思い付けなかったクラーリィは、結局シコードに「俺はおまえのことを何も知らない」と伝えた。知らないがゆえに何も判断できない、俺はおまえが俺のどこを気に入っているのかも何も知らないし。そりゃあ同性という大きな問題が居座ってはいるが、ここ一ヶ月ほどシコードの仕業と疑いをかけている内、まあ一度は試してもいいかなんて風に心が揺らいでしまった。まだ完璧に「大丈夫だ」と言える度胸はないけれど、少なくとも生理的に嫌とは思わない。思えなくなってしまった!
 今考えるにそれが間接的なオーケーサインとなってしまったのかもしれないが、その時のシコードは珍しく随分と嬉しそうな顔をして「分かった」なんて言ってくれた。
「ああ、ではまず文通からというわけだな」
「リアルに文通する暇は俺にはないが……うん、まあ、ニュアンス的にはそういうことだ」
 弾んだ声を隠しもせずに、ではどうしようかなんてシコードが未来のことを考える。
「相手に己を知って貰う、か。言うは易いがなかなか難しい課題だな」
 こんなことを呟いている割に、いろいろと計画を練っているシコードは楽しそうだ。内容はさておき、クラーリィは楽しそうな人間を見ることが嫌いじゃない。

 画面の向こうのシコードの珍しい顔を眺めながら、ぼんやりクラーリィは「ああこんな顔もできるんだな」なんて思っていた。

 ***

 シコードの努力も相まって、たぶん異国の友達から気心の知れた友達くらいには進展したと思う。文書の遣り取りはもちろん、数回ではあるが休日を合わせてこっそり辺境まで遊びに行ったりだとか、深夜までじっくりお話し合いをしてみたりだとか。
 価値観の違いから喧嘩したことも結構な回数に上ったけれど、我ながら視野が広くなったのではないか、なんて感想を持つに至った。良いか悪いかは別としても、ベクトルの違う物事の見方というものは独りきりではなかなか身に付けられるものでもないし。シコードの台詞からふと「こんな考え方もあるのか」なんて思ってしまうこともそこそこ多かった。

 気付けばあの日から一年余りが経過して、ある日突然また執務室に花が届いた。
 クラーリィはカレンダーを見る。……そういえば、去年のこの日に初めて花が届いたのだった。
 ただ、去年と一つだけ違う点がある。この一年の間の交流が効いたのか、花瓶にタグが付けられていた。淡い桃色のタグには丁寧な文字で「愛しクラーリィへ」と書いてある。きっと真顔でこれを書いたに違いない。恥ずかしいなんて思考はきっとシコードにない。苦笑いをしながらタグをひっくり返すと、そこには同じく丁寧な文字で書かれたシコードの名前があった。クラーリィの提言が功を奏し、自己主張の大切さを学んでくれたようだ。
 最早隠す必要はないからなのか、そのタグにほんの少しだけ虹色の鱗粉がくっついている。

 数日後に届いたタグはクラーリィのお気に入りになった。顔の辺りまでタグを持ち上げ、ふっと息を吹き掛けると鱗粉がタグを離れて宙を舞う。開け放した窓から流れ込んでくる朝のやや冷たい空気の流れに乗って、虹色の鱗粉がきらきらと輝いては消える。
「今年もまたひと月楽しみだな……」
 毎日毎日一本ずつ。全てに小さなタグがついていて、シコードからの日替わり一言まで付いている。花だけでもそこそこ嬉しいが、その向こう側に人の温もりを感じるとより一層嬉しさは増すというもの。
 こっぱずかしい一言も多かったが、むしろそれらを真剣な顔して悩んだ挙げ句「これだ」と決めてしたためているに違いないシコードの姿の方がクラーリィの笑いを誘った。
 以前「つまならそうな人生」なんて酷いことを口走ってしまったが、案外そうでもないのかもしれない。クラーリィがそう思ってしまうのは己と彼の価値観が違うからで、同じ世界を見る視点が違うからだ。きっとシコードの視点から見た世界はクラーリィの見ているそれとはまた違った意味で美しく、面白いに違いない。今でもたまに、その片鱗を覗くことができる。
「さて、パーカスになんと申し開きをするか」
 同じく今年も約ひと月にわたる不法侵入に間違いはない。花の出現の理由に彼はそろそろ感付くだろう。パーカスが渋い顔をするのは目に見えている。ただ、今回はクラーリィ側にも情報が出揃った。シコードを援護しようと思えばたぶん、いくらでもすることができる。彼が姑息な手を使ったり、ましてやスフォルツェンドの内情を探ろうだなんて思っていないことをクラーリィはよく知っている。
 クラーリィはしばらく黙ってタグをふらふらさせながら遊んでいた。

 ***

 そして誕生日当日。昨年と同じく騒がしい友人たちに起こされて、尖ったプレゼント箱の角に攻撃されながらも身を起こし、途中待ち伏せしていたコルにとても驚かされた振りをしてプレゼントを受け取り、ほくほくした表情のまま執務室にやってきて、やっぱり昨年と同じく完成した花束に出迎えられた。
 去年よりも少し色の柔らかなリボンを使っている。これもこの一年のシコードによる情報収集の結果なのだろう、昨年に比べクラーリィの好みの色に近い。
 そのリボン巻きされた花束の下にやっぱり小箱。クラーリィは躊躇することなく箱を開ける。少し高そうな小箱の中に、やっぱり銀色のリング。今度はきちんと薬指にぴったりサイズだ。もっともふた月ほどまえにシコードに「指輪のサイズを教えてくれ」と再三頼まれた末の今日であるから、この展開は予想していた。
 たぶんシコードの手元にも、お揃いのリングが鎮座しているはずだ。
 箱の中からはリングの他に、リング用と思わしき銀のチェーンも入っていた。指輪なんてしていたら詮索されてうるさくて堪らないと言ったクラーリィの台詞をきちんと記憶し、ネックレス型に変換しても使えるようおまけを付けてくれたようだ。
 シンプルなデザインながら、付属のチェーンもまた指輪にもクラーリィの髪色にも合う美しい光沢を宿している。

 今年は昼頃、クラーリィの休憩時間を狙ってシコードが連絡を付けてきた。彼の話したい内容を、クラーリィは薄々勘付いている。そして、それに対する答えもほぼできあがっている。
 彼は昨年と全く同じ調子で「見たか」と問い掛ける。
「ああ、見たよ。今年もいい花束ができあがった」
「指輪は?」
「薬指にぴったりだった。あれだけ聞いておきながら間違えるなんてあり得んな」
「そうか、良かった」
 それきりシコードはぴたりと話すのを止めた。
 クラーリィはシコードの台詞を待っている。昼飯時に連絡してくるものだから時間制限がある。どんなに重要な話をされようと、仕事の話でない限り時間で切らせてもらう他ない。
 きっとシコードは時間制限を付けることで己に踏ん切りを付けさせようとしているに違いない。昨年に比べ、シコードの台詞にはだいぶ実感が伴うようになった。クラーリィの返答も具体的にならざるを得ない。
 そして彼はきっと、クラーリィにいろいろな点をあげつらわれて拒否されることを怖れている。
 手元の時計に視線をやったらしいシコードはクラーリィの名を呼んだ。優しく優しく、クラーリィは「なんだよ」と応える。この短い言葉に、おまえの続きを待っているという気持ちを込める。
 意を決したのかシコードが顔を上げた。そして息を吸い込む。彼の青の瞳が真っ直ぐにクラーリィを捉えてくる。
「クラーリィ、好きだ、……つ、付き合ってくれ」
 去年と同じ言葉を、去年よりずっと実感と重みのある言葉でもって。クラーリィはにやりと笑った。この展開は目に見えていたから、答えを数日前から用意していた。
 笑われたシコードが狼狽える。それを見てクラーリィがまた笑う。
「な、なぜ笑っ……」
「だってこんなおまえもう二度と見られないかもしれないし。お断りすれば来年も見られるのかもしれないけどな。
 ……おまえの望みを叶えてやろうシコード。これからよろしくな」

 画面の向こうの表情の変化を、クラーリィは頬杖をついてじっと眺めていた。たぶんしばらくはこれで酒が美味い。もしかすると一年くらいはこのネタでこの男をゆすれるかもしれない。
 別人みたいにキラキラ輝く顔を眺めながら、クラーリィはひたすらに相手が落ち着くのだけを待っている。あと少し、あと数分。もしかしたら、もう見られなくなってしまうかもしれないから。
 もう少ししたら「良かったな」なんて他人事のように声を掛けてやろうと思い、クラーリィは相変わらず黙ってシコードの様子を眺めている。


 ***END



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