短冊に願いごと



 ***


 なにやってんの、と毎年みんなに言われる。別にいいんだ。自己満足でやってるだけだから。そんでもって、ちゃっかりじわじわ外堀内堀埋めていければもっといいかななんて思ってやっているだけだから。
 辺境の勇者様の言いがかりがホントに言いがかりであることを俺はよく知ってるし、クラーリィが死んでも俺に興味持ってくれないこともよく分かってる。だって俺はクラーリィのタイプじゃない。クラーリィの好みと俺が合致しているところって、年上なところくらいしかない。マジで。
 と、いうわけで、毎年神頼みに走っている。織姫とか彦星だとかは神様ではないような気がしないでもないけど、要は叶えば誰でもなんでもいいのである。短冊にかいたこの切実な願いをいつか届けてくれるのならば。
 ただ、最初にかいた短冊だけは冗談抜きで冗談だった。ちょうど今の地位に昇進した直後のことで、特に願い事のなかった俺は周囲の笑いを取るついでにクラーリィにちょっぴり嫌がらせできればいいやなんて思ってあれを書いた。年下のくせに誰よりも高い椅子を頂いてるなんて普通に嫌がらせの一つや二つしたくなるだろ? それに俺はその時「クラーリィに俺の気持ちが伝わりますように」と書いただけで、好きですとかそういう言葉は一切入れなかった。周りが誤解して慌てたり笑ったりしたら俺の勝ち。わざとそういう表記にしただけで、最初から中身は「クラーリィに俺の有給くれという気持ちが伝わりますように」だったのだから。

 それが一年後にはいろいろおかしくなっていた。どうしてこうなっちまったのかむしろ俺の方が聞きたい。
 絶対にクラーリィが悪いんだ。俺の短冊を見て、「えっ!?」とか素で驚いて昔の片鱗を見せたりするから。外で泥だらけになって遊んでいたあの頃のような素直な顔をチラ見せしたりするから。いつもはいろんなものに隠されてろくに窺えない期待とか興味とか不安とか、クラーリィのそういうところをぽろっと見せたりするから。だからそのギャップにときめいちゃったりするんだ。
 やべえと思ったのかなんなのかは知らないが、一瞬慌ててすぐにその表情を引っ込めたあたりもいろいろアウトだった。どう考えても俺にばれているのに、その後なにもなかった風を装った辺りはもう駄目だった。
 いっそ盗んでいった俺のハートを返して欲しい。

 毎年同じことしか書かないからそろそろ「受け狙いで」なんていう言い訳も苦しくなってきた。幼馴染みの中には俺が道を踏み外しかけてることに勘づいた奴もいそうだけど、今のところ面と向かって突っ込まれてはいないのでよしとする。面と向かって「おまえマジなの?」とか真顔で言われたら終了のお知らせってところ。
 鈍いクラーリィが未だにガキっぽい俺の嫌がらせと思っているところが不幸中の幸い。

 ***

 今年もひとけがなくなった頃を見計らってサックスの短冊を覗き込んだクラーリィは、飽きもせず去年と同じ「またこれ?」というコメントを寄越してきた。
「なに?」
「見りゃ分かるでしょー」
 初年度からは少し表記が具体的になって、今年はとうとう「クラーリィと付き合いたい サックス」と書いてしまった。そろそろ具体的すぎるかも。冗談の域を越えていると流石にクラーリィにも勘付かれるかも。
 まあ、これでも一応は小一時間は悩んで一笑に付せそうな表現を探した結果だ。当初の煮詰まった願望だらけの文章よりはだいぶ柔らかくなったと思う。でもやっぱり、そろそろ野望駄々漏れな気がしないでもない。
 しかしクラーリィはあっさりサックスの危惧を打ち破り、首を傾げながら「さあ」とか「さっぱり」とかぶつぶつ言っている。
「毎年何だよ」
「別に」
「俺に嫌がらせしてんの?」
 サックスは黙って首を振った。
 人前でサックス、というかこのネタに絡むのが嫌なのか恥ずかしいのか、毎年毎年人がいなくなった頃合いを待ってクラーリィは問い質しにやってくる。周囲には「サックスの奇行を知ってはいるものの無視している」という風に装いたいらしい。
 まあ、大方処理に困っているんだろうなとは思う。変なところで生真面目だから、こういう質の悪い冗談に対する処理がクラーリィは下手くそなのだ。……サックスのこれが冗談だったのは、最初の一回きりだけれども。
「あいつら『クラーリィはいつサックスと付き合うの?』とか聞いてくるしさあ。おまえ他に願うこといっぱいあるだろうがよ」
 ぱたりと手を合わせ、クラーリィに向かってすりすりしてみる。クラーリィに拝みたいことなら山ほどある。
「給料あげてください有給ください遠方に飛ばすのやめてください……」
「それは短冊じゃないだろ、俺に言え」
 それから「あ」とクラーリィが呟く。
「……嫌がらせじゃないなら、なんで俺に言わないんだ、あれ」
「付き合いたいですって?」
「そう」
 今年のクラーリィは随分食い下がる。毎年呆れてとっととどこかへ行ってしまうのに。あんまり長いこと短冊の近くで話し込んでいたら折角の無視している振りがパアになる気がするが、とにかく今年のクラーリィは諦めてくれない。
「どうせ買い物に付き合うとかそんなんだろ。そうやって俺を騙して喜ぶ気なんだろ」
「心が汚れているねえ」
「……違うのか?」
 二度目の返事をしないサックス。流石に「はい」も「いいえ」も言えなかった。ちょっとそれにはまだ勇気が足りない。どっちに答えてもこの先が怖い。
 クラーリィがじっとサックスの顔を覗き込んでくる。流石にこれは駄目だ。如何に鈍いクラーリィといえど気付かないはずがない。サックスはそろそろ諦め、もしくは踏ん切りをつけなくてはいけないようだ。
 クラーリィはもう一度、先程とはかなり抑揚の違う声で「違うのか?」と繰り返した。澄んだ水底みたいなクラーリィの目がじっとこちらを見つめてきて、何となく後ろめたいサックスはつい視線を逸らしてしまう。それが悪かったのか脳裏に残像付きで今の光景が焼き付いて、もう少し眺めておけばよかったなんてちょっとだけ後悔した。
「最初はねー、そういうつもりだったんだけどさ……」
「……?」
「『違うよ』って、言えたんだけどねー、最初はね……」
 歯切れの悪いサックスの台詞を珍しくクラーリィは文句の一つも入れずに聞いていた。サックスが口を噤んだ後も、しばらくは黙って大人しく続く言葉を待っていた。
 小さな疑問符を浮かべながらサックスを見ているクラーリィと、これ幸いとばかりにクラーリィの間の抜けた顔を眺めているサックス。二人の間にちょっぴり安っぽい笹、大人になった幼馴染み連中の書いた可愛らしさゼロの短冊付き。給料上げてとか連休が欲しいとか、どいつもこいつもサックスのことを言えないクラーリィへのただの伝言である。
 やがてクラーリィは続くと思われたサックスの台詞が最初からないことに気付き、何だよややこしい、としっかり文句を言ってきた。
「はっきりしろよ」
「君が好きです」

 なんだかちょうどよくクラーリィが振ってきたので、この流れに乗ってしまおうとサックスはなるべくあっさり真実を言ってみた。まずクラーリィは固まった。次に用意していたであろう言葉を言いかけて口を半開きにして、物凄く面白い顔でサックスをじっと見つめてきた。
 それから変な声で「嘘だあ」とか言った。
「嘘じゃないよ」
「おまえそうやって俺のこと騙す気なんだ……あ、あの辺にカメラ付けただろ!」
「そんなんないよ」
 第一話し掛けてきたのおまえの方でしょ、とサックスは言う。この会話自体が想定外の出来事なのに、カメラなんて仕掛けている余裕はない。魔法で設置なんて手もあるが、残念なことにクラーリィに見付からずに実行なんてサックスには不可能だ。
 つい先程まで心臓ははち切れんばかり、冷や汗は全く止まる気配を見せなかったけれども、案外言ってしまえば楽になれるものだ。普段の冷静さが失われた珍しいクラーリィをじっと眺めるだけの余裕がサックスにはある。今日の俺はついてる、なんて独り言まで言える。
 それにしても、まずドッキリを思い付くとか、サックスたちは少しばかりクラーリィを過去に苛めすぎたかもしれない。
「ま、真剣に受け止める受け止めないはおまえの自由だよ。俺はマジだけど、別におまえからなにかが返ってくればいいなとか思ってないし。今日おまえがこんなに食い下がって来なきゃ言う気もなかった」
 喋っている内になんだか気恥ずかしくなってきて、クラーリィが黙ったままなのをいいことにサックスはそのままそそくさとその場を立ち去ってしまった。
 随分距離を取ってから、道を曲がるところでようやく振り返ってみたけれど、クラーリィは短冊のところにぽつんと立ち止まったまま、まだフリーズしていた。

 ***

 早朝顔を合わせるなり「やだ!」と言われた。
「……なに?」
 サックスの問い掛けを聞いていないのか、クラーリィは「俺やだ!」と繰り返した。
 一応は「やだとか言われても分からない」と言ってみる。不機嫌なのかなんなのか、クラーリィはあまりサックスの意見を受け付けてくれるような感じじゃない。長年の付き合いから来るサックスのただの勘だが、これが案外外れない。
 クラーリィは相変わらず「俺やだ!」の一点張りだ。
「やだって、俺まだ今日おまえに何もしてないですけど」
「俺の一生涯で初めて人に言われる本気の『好きです』が、あんな夢の欠片もないあっさり一言なんて絶対に嫌だ!」
 クラーリィがふざけて苦言を呈しているわけではないことくらい一瞬で理解したけれど、流石にサックスは吹き出してしまった。そして遠慮の欠片もない拳骨を喰らった。
「いってー」
「俺の夢と希望返せ」とクラーリィは言う。
「あのあと一生懸命カメラ探したけど見付からなかったし! どうせ言うなら舞台くらいセッティングしとけよ!」
「探したのかい……」
 サックスが消えた後一生懸命カメラを探して見付からなくて、きっとその他にも冗談である裏付けを一生懸命探して、その結果サックスが本気であったとクラーリィ自ら裏打ちしてしまったのだろう。人目を盗んで一心にカメラを探しているクラーリィの後ろ姿を想像するに笑いが込み上げてきたが、ここで笑っては次こそ消し炭にされると思ってなんとか我慢した。
 クラーリィは朝っぱらからサックスの目の前でぷりぷりしている。
「初めてだったのに……」
「そ、そういう俺の罪悪感をピンポイントで突いてくる攻撃やめてくれないかな」
 クラーリィは一瞬ぴたっと止まって、ちらりとサックスの方を見て、ほんの一瞬考え込んでから手を胸元に持ってきた。それから上目遣いでちょっとだけ眉をハの字に寄せて、子供だった頃を彷彿とさせるなんだか懐かしい声色で「初めてだったのに」と繰り返した。

 ああこいつ、いっそ殴ってしまいたい!

 俺の好きなシチュエーションを知り尽くしているところが憎たらしい。そんでもって冗談半分でそれを利用してくるこいつの浅はかさが本当に本当に心の底からむかつく。
 その上サックスがどんなにむかついたとしても、クラーリィはサックスが己に本当の意味で手を出さないことだってちゃんと知っているから質が悪いのだ。
 その証拠に、耳まで赤くなってぷるぷるしているサックスを指差してクラーリィは笑っている。
「なに赤くなってんの」
「うるせー! 刺すぞ!」
「ハハやってみろよ。失敗したらおまえこの世から消えるよ」
 あの世にも行けないよ、とかクラーリィは笑顔で怖いことを言う。こいつの悪いところは要らないところまでサックスのことを信用して、一切の手加減なしで仕返しを繰り出すところだ。悲しいかな開いてしまった実力差のせいで、何度半殺しにされたことか分からない。
 そんでもって、大抵「ごめん」の一言で済まされる。
「おまえこういうの好きなんだろ」
「殴るぞ……殴ってやるぞ」
「だから無理だって。バカだなあ、ばれたら最後死ぬまで俺の尻に敷かれちまうとかそういうことは考えなかったのか?」
 言い返そうとしてサックスはなんとかその言葉を飲み込んだ。予想を外れ即座に言い返さないサックスに、クラーリィはおやっと一瞬素に戻る。そしてその瞬間を狙って、「敷いてくれんならそれでいいよ」とか言ってみる。
 クラーリィだけが相手の弱点を知っていると思ったら大間違いだ!
「……うっ……」
「大好きだよ?」
「や、やめろー!」
 物凄く頑張って真顔で言った甲斐があった。途端に反論を失ったクラーリィは真っ赤になった顔を隠すように、サックスの予想通り走ってこの部屋から逃げていく。とはいうもののここはクラーリィの仕事部屋なわけで、数分もすれば確実に戻ってくる。始業時間前には戻ってくるだろうから、クラーリィがその火照った顔を収めるまであんまり時間的猶予はない。
 どれだけばつの悪そうな顔をして戻ってきてくれるだろうと考えると笑いが止まらなかった。この部屋にひとりぼっちになったのをいいことに、机をひかえめにぺしぺし叩いて久しぶりに腹から笑った。
 あんまりにもバカ笑いをしたせいで、出勤してきたパーカスに何事かと心配されたのもいい話の種になった。

 ストレートな物言いに弱いとか、しっかり自己主張されるのが好きとか、自分の領域に踏み込まれるのに案外弱いとか、そういうのは全てお見通しだ。お見通しというより、この長い付き合いの中でサックスが分析したクラーリィの好みや傾向。特にこの数年は集中して、いざとなった時の口説き落とし方まで研究していたのだからクラーリィがサックスに勝てるわけがない。お互いの情報量は十分、情報戦に持ち込めないのなら実力と準備に勝負は左右される。
 別に手玉にされたってもう腹を立てたりしないけれど、一方的にクラーリィがサックスを操作できると思ったらそうはいかない。そうはさせない。
 五分もしない内に膨れ面のクラーリィが帰ってきて、何も知らないパーカスに「何かあったのか」と声を掛けられていた。クラーリィは黙って首を振る。そしてそのまま自分の席には向かわずに、余程癪だったのかニヤニヤしているサックスの方へ無言で歩いてきて、サックスの頭上めがけて前振りの一つもなく唐突に拳骨を振り下ろした。
 甘んじてそれを受け入れてやったのはサックスの優しさだ。一日中膨れ面のままで仕事をされると部下たちが可哀相だから。一部始終を眺めていたパーカスは、いつもの二人のくだらない喧嘩と思ったのかコメント替わりに嫌味たらしい溜息をつく。二人が聞こえなかった振りをするところまでがお決まりのパターン。
 すっきりするかと思いきや、サックスを遠慮なく殴ったくせにクラーリィはあまり満足そうな顔は披露してくれなかった。

 ***

 奢ってあげるからデートしよ、と誘ったらクラーリィはホイホイ付いてきた。もうちょっと躊躇いとかそういうものがあってもバチは当たらない気がするけれど、まあ贅沢を言うのは止しておこう。
 王都外れの丘の上の公園へ。中心街から外れているのがネックだが、丘からの眺めの良さは随一。眺めはいいもののアクセスが最悪なのでひとけもあまりない。まあ、この二人に限っては追いはぎとかそういう心配は一切ないので問題ない。
 ぼんやり遠くなった王宮を眺めているクラーリィを眺め、サックスはぽつりと「プレゼントがあるよ」と呟く。
「ん?」
「夢のある告白をご所望の君に」
 ぱちりと指を鳴らして花を一輪。わざわざ昨日花屋を廻ってクラーリィの髪色そっくりの花を探し出してきた。ぱちりと音を鳴らすのも、タイミング良く魔法を使うのも両方死ぬほど練習した。まあ、こういうのは努力の証を一片も見せずに黙って結果だけ見せるのが格好いいのだ。流石のサックスも「俺頑張ったんだよ」なんて死んでも言わない。
 思惑通りちょっとだけクラーリィの瞳が輝く。
 できるかぎりの真面目な声で「好きだよ」と言ったら、クラーリィは変な顔をして花を受け取った。
「バカ」と彼は言う。久々にここまで可愛気のあるクラーリィを見たかもしれない。
「俺おまえと付き合ってやんないよ」
「知ってるよ」
 俺男好きじゃないし、と言う。そんなのサックスは心の底から知っている。
「でもちょっとだけ、おまえに付き合ってやるよ」
 おまえ面白いから、とクラーリィは言う。わざとらしく花の匂いなんてかいでみたりする。
 サックスは素直に「ありがと」と言った。クラーリィは笑った。

 これで内堀も埋められた、なんてサックスは内心ほくそ笑む。これがスタート地点だ。これからじっくり時間を掛けてクラーリィを口説き落としてやる。サックスはちょっとやそっとのことで諦めたりなんかしない。積年の想いとはこういうのを言うのだ。ちょっとくらいクラーリィが拗ねたってサックスはその程度で心折れたりなんて絶対にしない。
 神様お願い、なんて。サックスは四六時中全力で頑張っているので残りは神頼みになる。頃合いは夕方、そろそろ空が陰り出す。もう少しこの公園に居座ったら一番星が拝めるかも。
 そういえば今年の七夕はいい天気だった。もしかしたら、一年ぶりの邂逅に機嫌を良くした織姫と彦星が、ちょっとだけサックスに力を貸してくれたのかもしれない。


 ***END



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